White snow



年の瀬も押し詰まった何となく気忙しいこの時期に、空港で手荷物検査を終えて出てくる彼を待っていた。


彼と最後に会ったのは、もう3年と8ヶ月も前。
約4年近い年月の間、これといって連絡を取り合っていたわけでもなく、ただ日毎有名になっていく彼の近況を雑誌やテレビで一方的に知るくらいだった。
それがなぜ彼の帰国の出迎えに自分が抜擢されたのか。
相変わらず自己のペースに人を巻き込む彼が何だか懐かしくて、一緒に過ごした頃と変わらない様子がちょっぴり嬉しかった。

コートの左袖口を少し持ち上げて時刻を確認する。

「もうすぐかな。」

飛行機はもう着いてるはず。
入国審査を受けて、荷物を待つ。何だかんだと時間がかかるものだが、もうそろそろ出てきてもいい頃だと、僕はガラス張りの壁の向こうにいるはずの彼を探していた。

最後の荷物検査を受けるべく、帰国者たちがたくさんいる。
その中、一際入念に調べられている彼の姿が飛び込んできた。

漸く開放され、ムスっとした表情でこっちに向かって歩いてくる。
ジーンズにロンティー、簡単な荷物一つに無造作にジャンパーを引っさげて現れた彼。
おそらく普通の人からは考えられないような賞金を手にしてるだろう人物なんて誰が想像できるだろう。
如何にも彼らしい。それが3年と8ヶ月ぶりに見た越前リョーマの印象だった。



憮然な面持ちで目の前に立つ越前にくすりと苦笑とも取れる笑い声を漏らしながら僕は言う。

「随分調べられてたね。」

不思議と第一声は「おかえり」とか「元気だった?」ではなかった。

「ったく!そんなに怪しいっスかね、俺?」

そんな僕の儀礼ない挨拶に越前も違和感なく返答する。
まるでつい最近も会っていたかのように二人の時に空間はない。

「キミは外国への出入りが頻繁でしょう?こんなご時世だから仕方ないよ。」
「そりゃそうだけど。」

でもやっぱり気に入らないと言わんばかりの口調。
そんな不貞腐れた様子が懐かしく、変わってないあの頃を思い出させる。

「マネージャーとか一緒じゃないんだね?」
「まさか!完全なオフっスよ。そんな時まで付きまとわれたら息つく間もないよ。」
「じゃあ名指しで呼び出されたって事は、僕には一息つけるんだ。」
「迷惑だった?」
「そういう台詞は少しでも悪いと思ってる人が吐くもんだよ。」

悪びれた様子など微塵も持たないくせに、一応とばかりに聞いてくる彼に僕もわざと挑戦的な返答をしてみせるが、それに堪える様子はなく(最も気にするなど全く思ってなかったが)越前はいたずらな笑みを浮かべて

「迷惑ついでにこれからちょっと付き合ってよ。」

と、返事も待たず僕の腕をとって、さっさと歩き出した。

「え?ちょっと・・」

やっぱり申し訳ないなんてこれっぽっちも思ってない。

人の都合など全く聞く気もない越前の強引な態度。
僕はその手に引かれながらくすくす笑った。




越前とやって来たのは閑散とした冬の公園だった。
木に残る葉も淋しく、かさかさと乾いた音が交差する。
枯れ落ちて、地面に残るそれらもあっけなく風の中で踊らされ、乱れ飛ぶその姿はおおよそ美しい景色とは程遠い。
クリスマスシーズンの今、街中では数多くのイルミネーションが華やいでいるというのに、それに反したかのような殺風景さ。
寂しげな雰囲気が漂うそこに人影も殆どなかった。
この公園にわざわざ来たかったのだろうか。
当然のような疑問を口に乗せたが、

「別に。なんで?」
「なんでって・・・」

言葉に詰まる。これが人に付き合わせておいて言うことか。
そもそもずっと連絡なんてしてこなかったくせに、

『12月23日PM2時20分成田着。必ず来てよ。リョーマ』

何の前触れもなくこんなメール一つだけよこして事を運ぼうとすること自体が考えられない。

普通、あり得ないよね。


ぷっ――  思わず吹き出してしまった。

「ホント、変わってないね。」

あり得ない・・・けど。
強引で我侭で自己中で、それでいて何故か魅かれてしまう彼の行動。

「そんなことないでしょ。先輩と並べば一目瞭然。逞しくなったと思わない?」

ふんっと勝ち誇ったような言い草で振り返り、10センチ少し上の位置から僕を見下ろして得意げに笑う。
そんな越前に聞き捨てならないと言わんばかりに僕はむすっと唇を尖らせてみせた。

「僕と並べばってどういう意味?」
「言葉どうりの意味っすよ。先輩相変わらず華奢で可愛いよね。」
「ずばっと言ってくれるじゃない。一応気にしてるんだよね。」
「なんで?そのままがいいじゃん。折角、見下ろせるんだしさ。」

当の越前は僕の不満を気に留める風もなく、まるで小さい子を宥めるような仕草で両肩にぽんぽんと手をやってくる。
チビ、チビと言われていた越前が僕の背を追い越したのは彼が中学2年の時、わざわざ高等部までやってきて、やはり得意げな顔を向けて言った。

『もう、先輩を見下ろせるよ。』

これが父親の血を継いで世界を震撼させている男の名台詞だなんて。
体は大きくなってもその子供っぽさ。何とも言えないギャップが可愛くて、本当のところ背の高さなんてどうでもよかったが、つい突っ込みたくなった。

「僕を見下ろして、何かいい事あるの?」

越前は僕の顔をじっと見つめてからにっと笑う。

「もちろん。」

突然、目の前を覆った影。
チュっと小さく音を立てて離れていく。
触れるだけの軽いキス。でも突発的なその行為は僕を十分に驚かせた。

「ほらね。」
「え、越前・・。」

右手で口元を押さえて呆気にとられている僕に
「もう背伸びしなくても届くでしょ。」と、あくまでも勝気な瞳が『やられた』という気にさせられて、どうにもこうにも憎らしい。

そういえば似たようなシチュエーション以前にもあった。
前を歩いていた越前がいきなり振り返って、何事かと戸惑ってる間に引き寄せられた。
あの時の「突然」にも凄く驚いて、呆気にとられてしまったが、何故だろう・・・怒る気にはなれなかった。
そして今も。

「ふふっ、君といると昔にタイムスリップしたみたいだ。」
「タイムスリップね・・。俺は現在進行形なんだけど。」

懐かしくてつい笑ってしまった僕に越前は憮然たる面持ちで続ける。

「分かんない?I・N・G!!いつだってタイムリーな気持ちっすよ。」
「ずっと音沙汰もなかったのに。リアリティー、全然ないよ?」

僕は可笑しくてくすくす笑い続ける。
確かに越前は以前僕を慕っていた。気が付けば傍にいる彼が、何かと気になって目が離せなくて。そう、弟のように可愛くて・・・・僕にとって越前はそんな存在。
彼の僕に対するあらゆる言動や行動も無邪気な幼子のようで、何もかも笑って許したくなる。


でも、いつの頃だったか弟という比喩に違和感を感じるようになった。

君は・・・君も一人で立ってるんだね。

何かと甘えてくるようでも本当は必要ない、そんなところがどこか彼に似ている。
越前も僕とは違う―――そう、気付いてしまった。

目の前の越前は以前と何も変わらない。背丈がまた伸びて、見目も少し大人びたが、否、だからこそ、彼の持つ揺ぎ無いオーラがますます確固たる本物を感じさせている。
それは、時々ちくりとくるこの痛みがあの頃と何も変わっていないことを告げていた。


「相変わらずさらっと流すよね。ま、覚悟はしてたけど。」

越前はふぅっと短く息を漏らし、特に気にも留めてないと如何にもそんな口調をぶつけてくる。

「どういう意味?」
「言葉どおりの意味っすよ。やっぱ切れ味悪いなって思っただけ。」

にやりと笑いながらも、真摯で大きな鋭い眼差しが僕を突き刺して、
前後に律動する胸の鼓動が、どこにも動きたくない自分の狭間に入り込み、揺さぶりを掛けていた。

「あ・・そ。でもこれが僕だから。」
「ま、ね。急に饒舌に語られても調子狂うし、別にいいよ。」

これ以上この会話を続けたくなくて、わざと素っ気無く答える僕を越前は特に追い詰めたりはしない。
それでも彼の真直ぐな眼は仕舞い込んだ僕の一部を見つけ出して、わざわざ確認させようとしているようで。
そんな感覚が後に続く言葉を失わせてしまった。

言葉を紡がなければ、冬の音の中に僕と越前の吐息だけが混ざり出て、澄んだ空気を白く翳めては溶けるように流れ消える。
冷たい温度が身体をキンと張り詰めるけど、空は何処までも高く、貫けるような青が目に映る。
果てしなく広がる世界に雲が流れて、身体に光の温度が届かないだけで、空だけ見れば今が真冬だってことを忘れそうになる。

晴れ渡ったこの空に痛みを感じるのは何故。
決して掴むことが出来ないような、その中に飛び込めることなんてないような。

自分で選んだことなのに、
一人残されていくようで、自分で自分が遠く感じるのは何故。

一人で残ることを、自分が選んだはずなのに―――



「雪、降らないかなあ。」

ポツリと漏らした言葉に、今度は越前が吹き出した。

「やっぱり、変な人っすね。」
「そう?ホワイトクリスマスっていうじゃない。」
「雪のことじゃなくて、前触れもなく話しがトリップするってこと。」

そんなとこも僕の魅力の一つだと越前はケタケタと楽しそうに笑い声を漏らし、それでもきっちり返答するところが思わぬ彼の律儀さを表している。

「今年は無理じゃない?暖冬なんでしょ、こっちは。ああ、でも北海道くらい行けば降ってるかもね。」
「キミって夢がないよね。」
「そう?先輩ほどじゃないと思うけど。まあ実際俺は晴れてるほうが全然いいし。」

雪なんて面倒なだけだと、肩を竦めながら不服そうに話す越前はきっとニューヨークで嫌と言うほどの冬を味わっているんだろう。

「クリスマスに降る雪は涙の跡を覆い隠す、昔読んだ童話にさ、そんな一節があってね。」
「へぇ・・。」

「ある罪人の一生の物語だったんだけど、人を殺した若者が、その罪の重さに苦しんで死をもって詫びようとするんだ。けれど被害者の家族が『お前が死んでも、殺された者は還らない。生きて罪を償ってくれ。』と死ぬことを許してくれなかった。罪人は人殺しの汚名と苦しみを背負ったまま何年も何十年も生き続け、やがて年をとり、死を迎える時がやってきた。世間はクリスマスで賑わっていたんだけど、人を殺した者に誰も情けをかけるものはいなくてね、罪人は最後まで孤独という名の償いをし続けたんだ。後は息絶える時を待つばかり。するとね、どこからか声が聞こえてきた。『生きて罪を償うことがお前は出来た。これで漸く終わるのだ。』と。罪人は漸く神が許してくださったと感謝しながら静かに息を引き取っていく。その時、雪が降るんだよ。罪人が犯した罪や穢れを覆うように、後悔と苦しみに流した涙を消し去るように。そして漸く孤独の寂しさから解放されるように。白い雪に包まれながら永遠の眠りにつく。そんな話だったんだけど・・・」

「子供の童話にしては難しくてさ、よく意味が分からなかったんだ。母さんが、クリスマスに降る雪は悲しいことや辛いことを消してくれるんだよって砕いて説明してくれて、それからかな、単純にホワイトクリスマスになったらいいなって思うようになっちゃったんだ。でもやっぱり今年も無理そうだね。」

僕は気持ちとは裏腹な明るいこの空に自嘲気味に笑った。
せめてこの冬の空気と一緒になることが出来たらと思うことさえある。

孤独な冬―――僕にも終わるときが来るのだろうか。
淋しい季節を越えて温かい春がいつか・・・?

「そんなの、納得できないっすね。」
「え?」
「だってその人、人を殺したんでしょ。苦しみを背負って生きたからって、それで帳消しなんて、殺された方はやってらんないじゃん。」
「・・・そう・・だよね。過去は取り戻せないもの・・ね。」

越前の言うとおり、過去に起きた事実はなかったことになんてできることじゃない。
罪人の一生を悲劇に変えて、情けをかけない人を憎む、許されたことに感謝する。でも本当は彼が「罪を犯した人」だと忘れてはいけないのだ。
過去の過ちは決して美談で済まされるものではない。
越前の言葉が胸を締め付けるように重い。

言葉を失ったように俯いてしまった僕にその理由を越前は真直ぐ問いかけてきた。

「まだ忘れられないんすか?」

暫しの沈黙が走る。

「何の・・こと?」

目を合わさずに言った台詞はあっけなく畳み込まれた。

「とぼけなくてもいいよ。忘れたい想いがあるからホワイトクリスマスを待ってるんでしょ。」
「そんな大袈裟なことじゃないよ。普通に嫌なことくらい誰だってあるでしょ。僕だって平々凡々と過ごしてるだけじゃない。ただの学生だって色々大変・・・」

あ、まただ・・

またしても越前の大きな瞳が僕を突き刺してくる。
どんな言い訳をしても真っ直ぐにぶつけられるこの視線に全て見透かされている。全て見抜かれている。

「敵わないな・・。」
「そう?なら全部認めちゃいなよ。」

観念とも取れる苦笑が漏れた。
2つ年下の後輩。生意気でえらそうで一歩も屈するところなんてなかったが、それでも僕にとっては自分より目下の存在で、手を引っ張ってるのは自分のほうだと自負もしていた。
けれど本当は越前のほうがずっと大きい。
あからさまな強い眼差しも決して僕を責めているのではない。

受け止めてあげるからさ―――

遠慮もなくずけずけと入り込んでくるくせに、彼の眼が語っているのはそんな心の声。
越前のぬくもりに張り詰めた糸もつい緩んで、閉じていた想いが再び浮かんでくる。
蘇るのは穏やかだった日々。昔、恋人と呼ばれたあの人のこと。
もう還ることはできないと分かっているからあの日彼を傷つけたことを悔やむのかもしれない。
好きだったのに、好きだったから選んだことだった。

「きっかけが欲しいだけなのかな。僕の中ではもうとっくに踏ん切りはついてるんだ。未練がましく振り返ってるわけでもない。ただ、彼を好きだったって事実だけがいつまでも消えずにここにあって・・。」

僕はそっと左胸に手を重ねた。

「時々だけどちくっと痛む・・・・・・んだよね。」
「ふーん。で、立ち止まっちゃうんだ。」
「立ち止まってなんかいないよ。自分なりに決めた道をここまで来たんだから。」
「その結果が今のアンタ?それ立ち止まってるって言うんだよ。あの人が行っちゃった頃から何にも変わってないじゃん。」

越前の言葉がまた胸を掴んでくる。
僕なりに進んできたつもりだった。
彼を傷つけたという罪悪感は後悔として残っているが、それでもあの日選択したことは間違っていたとは思っていない。
人の感情なんて時を得れば形を変えていくものだ。
一人で立てる君に一人では立てない僕が与えられるものなんて何もなかった。
流れる時の中でいつか訪れるものは見えていた。
あまりにも違いすぎたんだ。僕と彼は違いすぎた。
それが分かっていたから彼を一人にしようと決めた。
彼のためじゃない。
人は忘れることができる生き物だから、自分が傷つく前に忘れようと思ったんだ。

「つまんなくない?そんな生き方。欲しいものは欲しい、それでいいんじゃないの?我慢して諦めんのも勝手だけどさ、それで先輩に残ったものって何なの?」
「それは・・。」
「ね、夢がないのはアンタの方でしょ。」

平然と厳しい言葉を言ってのけるとこも似ている。あの日、彼もこんな風に思ったのだろうか。
越前に何も返すことも出来ず、僕はまた下を向いた。

「怒った?」

俯いたまま黙って首を振る。
怒る理由なんて何もない。越前の言ってることはあまりに確信を付いていた。
自分なりに考えて決めたこと、でも僕に残ったものは空虚なだけの日々だった。
何もないというのは落ち着いた。でも裏を返せばただ生きていただけだ。
悲しみも苦しみもない代わりに満たされることもない。
胸に感じるあの日の痛みを覗けば、今の僕は自分自身に生かされただけの人形。
だけどこれが僕の生き方だ。
つまらなくても、自分が選んだ結果だから受け止めていかないといけない。

「言いたいことは分かったよ。そうだね、当たってる。でも君には関係のないことだよ。君がつまらない生き方をしなければいい。」
「ふーん、つまんないって分かっててそれでいいんだ。じゃあアンタ、一生そのまんまだね。」

冷たく言い放つ越前に一瞬むっとしたような感情が込み上げてきて僕は彼を睨み付けた。

「じゃあ、どうしたらいいって言うの?」

越前は僕の開き直りとも取れる返答に落胆の溜息を吐く。

「だから切れ味悪いって言ってんの。どうするも何もこうやって手を伸ばしてんだからさ、ちょっと取ってみればいいじゃん。」

そう言って越前は僕の前に左手を突き出してくる。
硬そうなごつごつした手のひら。この手で越前は世界を握っているんだ。
自分とはかけ離れた大舞台に越前も立っている。
この手はあの日振り払った手と同じ。
手を取ることは簡単だ。あの時もそうだった。
だけど、それを取ってしまえば、僕にはやがて終わりのない苦しみが舞い込んでくる。
何も出来ない僕を、その手無しでは生きていけない責任をきっと委ねてしまうから。
だから出された手を前に僕はどうすることもできないんだよ。

「あの人の手なら取れる?」
「え・・・?」
「俺じゃなくて、あの人の手なら取れるんじゃないの?」
「何、言ってるの?」

越前は何が言いたいの?
これが彼の手なら・・って、何を今更なこと。でも・・・、
でも今なら、彼に本当の気持ちを話すことはできるかもしれない。
彼を傷つけずにだけはできるかもしれない・・・

出された手に戸惑ってしまった僕に、越前は苦笑しながらそれをジャンパーのポケットの中に押し込んだ。

「ホント何言ってんすかね、俺。4年近くも待ってさ、もうそろそろ時効かなって思ったからわざわざ海越えてきたってのに、アンタ何にも変わってないんだもん。」
「越前・・。」
「結局忘れられなかったんでしょ。これからもきっと忘れることなんてできないよ。雪なんか降ったって忘れない。いい加減気付きなよ。それが自分なんだってこと。」
「・・・・・」
「アンタの言うとおり過去なんて取り戻せないよ。でも新たに掴むことはできるんじゃないの?そんな風に抜け殻みたいになってるくらいならちょっと前に出てみれば?どうせこれ以上失うものなんてないんだし。アンタは罪人じゃないでしょ。」

すーっと冷たい風が僕達の間をすり抜けた。
かさかさと音を立てて、散り落ちた葉が足元を転がるように踊る。
越前は視線で葉の舞を追いながら、「あー、さぶっ」と自分を抱きしめながら言った。

「いくら暖冬ったって、こんなとこでじっと喋ってたらさすがに冷えるよね。」

さ、帰ろうっと。越前は歩き出す。

一体自分は何のために呼び出されたのだろう。
言いたいことだけ言って、説教までしておいて、「帰ろう」で終わりなの。
君の背中は出逢った頃から何も変わってない。
小さくても大きくて、逞しくて、ずっとずっと前だけを見つめて。
彼と同じ。
僕は自分のことさえ分からないのに。

近いようで遠い後姿。
それをただ見送ることしかできない。
行ってしまう。あの日の彼のように。
追いかけたいのに、唇を噛んで耐えた。
君も彼と同じ。
振り返らずに行ってしま―――

「何してるの、先輩?行くよ。」
「え・・?」

君が呼んでいるのは僕?
早く来いって足を止めてくれるの・・?

「待って。」

何かに導かれるように自然に口が動いた。

待って・・・

本当は一緒に行きたい
一人で行かないで
僕を待ってて・・・


待ってるよ――

「え?」
「ちゃんと待っててあげるからさ。」

俺が手を出して、ちゃんと待ってるから、
だから自分から踏み出せ


越前の眼は僕にそう告げていた。


チャンスはまだある・・か。
そうだね、もう一度掴むことが出来たら、それは過去ではなく、現在(いま)になる。
そして現在は未来に繋がる。
その時、初めて雪が降るのかもしれない。
真新しい自分に塗り替えるように。
真っ白で全てを覆うように、心の中に降り積もる。


アンタは罪人じゃないでしょ―――




先に行く越前の後を追いながら
追いかけるのも悪くないのかもと僕はふっと笑みを漏らした。





××××××××




「君・・一体・・何・・してんの?」
「何って、帰るんだけど。」

息が上がる。
必死で走り回って、やっとの思いで僕は空港にいる越前の姿を見つけた。

「帰る・・って、君、昨日戻って・・きたばかり・・」
「もう用は済んだし、悠長なことしてられないんだよね。全豪が控えてるから。」
「そんな・・。」

昨夜一晩考えたことを越前に伝えたくて、朝から電話をかけると、ご家族から信じられない返答が帰ってきた。

アメリカに帰る?

しかももう家を出た後だという。
本当に何をしに彼は日本に戻ってきたのか。
散々僕に説教をたれて、その後は一言もなく、平然とまた当たり前のように姿を消すのか。

「僕のため?僕に踏み出せって言うためだけだったの?」
「まさか!自分のためだよ。言ったでしょ、もう時効かと思ったんだって。だからアンタを掻っ攫いに来たんだよ。ま、収穫はとりあえずゼロだったけどね。」
「越前・・。」
「そうと分かったらいつまでもいたって仕方ないじゃん。後は俺の問題じゃないし。」

あっけらかんと言い切る越前の手をとって僕は両手で握り締めた。

「先輩?」
「くすっ・・そうやって君は前に進んでいくんだね。やっぱり君って凄いな。」
「どうもっす。」
「くすくす―――会いに行ってくるよ。彼に会ってあの日のことを謝って、今の気持ちを伝えて・・それしかできないけど少しだけ夢を見てもいいかなって思ったんだ。」
「玉砕するかもよ?」
「うん、そうだね。でも君が待っててくれるんでしょ。」

にっとしながら凝視する僕に、一瞬面食らった表情をみせた越前、
そして同時に吹き出した。

「何それ?結構強かじゃん。」と越前はコロコロ笑い出す。
「君が言い出しっぺじゃない。責任はとってよ。」僕も釣られて笑い出す。
「なーんか本命控えた滑り止めみたいっすね。俺。」

越前は軽くむくれた素振りをしながらも、僕の決断を嬉しそうに聞いてくれた。
そして、力強い瞳をやっぱり真直ぐに僕へと向ける。

「ねぇ、先輩。永遠なんてものこの世にないよ。だからさ、今に貪欲になりなよ。結果なんてさ、後から考えたらいいんだ。幸せは願うもんじゃない、掴むもんだと俺は思う。」
「うん。」
「仕方ないからもうちょっとだけ待っててあげるよ。でも来るならなるべく早めにしてよね。」

そう言って越前は、来た時と同じスポーツバッグ一つ引っさげて、「じゃあね。」と僕の肩をぽんと叩いた。

「あ、ねぇ、越前?」

相変わらず、さらっと次の行動に移る彼に僕は慌てて声を掛ける。

「ひとつだけ、聞いてもいいかな?どんな結果でもさ、僕はずっと忘れられないかもしれないよ。それでも君はいいの?」
「うーん・・。ま、あの人でいっぱいのあんたに惚れたんだから、それでいいんじゃない?」

それでいいんじゃない・・・か。
目の前の君はどこまでも僕を高く軽く導いてくれる。

「そっか。あ、これあげるよ。良かったら使って。」
「何?」
「クリスマス・・・ううん、誕生日プレゼント。スケジュール表だよ。プロのスケジュールを書き込めるほど立派なものじゃないけどね。プライベート用にでも。」
「覚えててくれたんだ。サンキュー。」

いつもの勝気な笑みを面に、小さな包みを軽く上にあげて颯爽と帰路につく。
昨日と同じ、挨拶らしい言葉は何一つなく。
何処までも彼らしい姿に僕もくすりと笑いながら手を振った。



越前が行った後、僕は空を見上げた。
何処までも続く青い空。ゆっくり流れる白い雲。
今日も快晴―――やっぱり雪は降りそうもないや。

「越前みたいだな。」
くすみ一つない高い空はまるで越前のようだ。

でも僕は思う。
来年のイブにはきっと雪が降る。

彼に会いに行こう。
あの時の気持ちを伝えて、今の気持ちを伝えて、悔やんだことを謝って。

そうすれば、きっと僕は踏み出せる。

前に出された君の手を、素直に取れるんじゃないかって、

この青い空のような君の手を、取ってもいいんじゃないかって、

きっと思えるようになる。




君はいつ気付くだろうか。
来年、12月24日のスケジュール枠にこっそり書き記したアポイントメント。



僕は思う。
来年のイブにはきっと雪が降る。

僕の心に真っ白な雪が降り積もる。

でもね、
きっとその後すーっと青空が広がるんだ。

青いのに寒くて閉ざされた空じゃない。


君と同じ

くすみ一つない高い高い青空が―――



僕も一緒に飛べるかな




      『PM2:20 青春学園中等部テニスコート。必ず来てよ。周助。』




fin


最後までお付き合い下さってありがとうございました。浮気作品でした。浮気というかリョ不二は嫌いじゃないです。ただし精神的リョ不二まで。リョマと不二先輩は先輩後輩だけでなく、よき友であってほしい。リョマも不二君を認め、不二くんもリョマの実力には一目置いている・・・そういうのはステキな関係です。だからお互い分かり合って、こころの繋がりもあっていい。そういう意味でリョ不二は好きだと思ってます。
一応不二くんがリョマを選ぶという形で終わったんですが、ご意見として、「ごめんね」と手塚のもとへ戻ると思いますって言った方もいらっしゃいました。ええ、それでいいと思います。敢えて曖昧にしたのはどっちでも転べるという私の悪あがきでもあるので!ただ例え、リョマを選んだとしても不二君にとって手塚はこれからも心にずっと在り続ける永遠の人です。そしてリョマはそんな不二君を丸ごと受け止めてくれる大きな人ということで。手塚は・・きっと一生不二君の幸せを祈ってます(笑)。いやホントそういう人じゃないのかなあ・・。彼は手を振り払った不二君に背を向けたのではなく、それが不二君の幸せならと思って身を引いたのです。だから越前君とのことを報告されても彼はきっと笑顔で祝福してくれます。ある意味塚不二でもあります。ええ、ええそうあってくれなきゃ私は彼に足を向けて寝れません。そうです、このつらつら書いてるのはどっぷり手塚へのいい訳です。ホントごめんね〜手塚・・。
では皆様の心にも真っ白な雪が降りますように・・。
 MERRY CHRISTMAS &HAPPY BIRTHDAY RYOMA!!        (2005 12・24)