窓を開けるとすーっと冷たい空気が滑り込んできた。
夏とも冬ともいえない感覚が肌を纏う。

ああ、今年もやってきたと、不二は心地良さそうに瞳を伏せて秋独特の気配を味わう。

今日は手塚の誕生日だ。
自分のそれとは違って、取り立てて何があるわけでもない普通の日。
それでも不二は10月7日をこれからも忘れないだろうと思う。



君の生まれた日に



「一年、菊丸英二でーすっ!趣味はゲームとぉ、歌うことかな」

三年生が引退、二学期に入り体育祭が終わって落ち着いた頃に、テニス部は合宿が行われる。
といっても校舎内に儲けられた施設を使ってのミニ合宿だ。
期間も土日の二日間で、宿泊することを除けば普段の練習と何ら変わりがあるわけではなかった。
本当の目的は、一年生と上級生の間にあった境界線を埋めるため親睦を図ること。
これまで基礎練と先輩のフォローをしていただけの一年生も、真のテニス部員となる切り替えの時期でもあったからだ。

夜の食事はちょっとした宴会で、今更ながらそれぞれの自己紹介をするわけだが、これまでは先輩の顔色を見て遠慮がちだった一年生もここぞとばかり羽目を外した。
堂々とマイク片手に決して上手とはいえない歌を熱唱する菊丸も、それなりに拍手に包まれた。

「不二周助です。テニス以外の特技はスキーで、毎年冬になると家族で滑りに行きます」

菊丸と違って人前でわいわい何かを披露したい性格でない。
不二は当たり障りのないことを言って終わらせようとするが、面白みには今ひとつ欠けることは分かっていた。
別に自分はそれでも良かったが、場を盛り下げるのは本位ではない。
そこで、自分の特徴として少しは興味が持てるだろうということを口にした。

「後、僕は2月29日生まれなので、実はまだ3歳です」

それには会場もどっと湧き上がって、「おむつ取れてるのかー」「ママがいなくて今日は寝れるのか」などの野次も飛んだが、仲間のジョークとしてそれも楽しい出来事の一つだった。
大石の泥鰌掬いはあまりに嵌りすぎて笑うより皆恐縮してしまった。
残った白飯とおかずを使って即席握りずしを握った河村は絶賛の嵐。会場からの注文が殺到して、思わず寿司づくりに徹する羽目になりかけたが、
寿司のお供のドリンクだと、乾が理科の実験さながらに何やら妙な色の液体を混ぜ始めたのを最後に、宴会は強制終了の運びとなった。

「あーあ、折角盛り上がってたのにぃ」
「別にいいじゃないか。正直あの後ずっと寿司を握らされるのかとびくびくしてたんだ」
「もう終盤だったしな。あれ?そういえば手塚はまだだったんじゃないのか?」

中途半端に終了した宴会、当然発表が出来なかった者もちらほら・・・。
その中に一年生にして副部長に抜擢されるような大物も含まれていたが、

「別に構わない」

手塚は短い言葉で表情一つ変えず纏める。
仲間達は「そうか・・」と残念顔を決め込むものの、この愛想もくそもない男の何かを聞いたところで盛り上がるはずもないと心の中では相槌を打っていた。



・・・・・



「ねぇ、手塚は何を言うつもりだったの?」

夜の自由時間。
校内限定で就寝まで好きに過ごせるとあって、皆それぞれの一時を謳歌する。
自由にしていいと言われたら、反って羽目は外せないものだ。
大広間でテレビを見る者、部屋でトランプ遊びをする者、秋の花火と洒落こむ者と、それなりに健全な夜を過ごしていた。
もちろん、それを踏まえて儲けられた時間ではあるのだが、副部長ともなると念のため部員の行動を把握するため見回りに出なければならない。

「皆のところに行かないのか?」

不二が任務に付き合う必要はない。
手塚は質問の答えとは違う返事をするが、不二はそんなことは聞いてないと、手塚の身体を軽くタックルする。
何をするのだと軽く睨みを効かしてみるものの、反対に早く言えとばかりに顎で合図された。
他の部員のように、不二にその程度の脅しが通用するはずもないのはこの半年でよく分かっている手塚は、

「趣味は登山と釣りで、特技は木工細工です」

まるで台詞を唱えるように淡々と口に乗せた。
味気も何もない答えだ。

「それだけ?」
「お前のように取り立てて話せるネタなんてないからな。披露する一芸も持ち合わせてない」

確かに手塚が皆の前でいきなり踊り出しても、盛り上がるどころか場は凍りつくだけかもしれない。
不二はくすくす声を立てて笑うと、

「まあ、僕も特殊な日に生まれてなかったら、特別発表できることなんてなかったけどね」

妙なところで手塚の気持ちは分かる。
冷めているとも取れるそんな台詞も、どことなく愛しいと思えるほどに。
愛想がなくても決してくだらないイベントだと思っているわけではないのだ。
ただそう。自分のテンションと僅かにずれがあるだけで。
だから、しっかり皆の話も彼は聞いている。

「閏年生まれだったんだな。そんなこと初めて知った」
「うん。僕も初めて言ったし」
「忘れたくても忘れられないな」
「そう?」

疑問符で返してみたが、多分、言葉通り彼は忘れないだろうと不二は思う。
手塚とはそういう奴なのだ。

「君は?」

不二の質問に手塚はその顔を見つめる。
眼鏡の奥にある瞳が僅かに開いたのが、暗闇の中でも分かった。

「だから。君の誕生日だよ」
「別に。何の特徴もない普通の日だが」
「そんなことはいいよ。何月生まれなの?」

プレゼントのやり取りをしようなど甘ったるい考えはなかったが、何となく自分の誕生日だけ印象付けて、手塚の生まれた日を知らないのは不公平のような気がしたのだ。
手塚はほんの少し間をおいてから、

「10月・・・」

とぼそぼそと答えた。

「10月!・・・って今じゃない」

不二の反応が案の定だと言わんばかりに手塚は短く嘆息する。

「まあな。だがそれがどうだと言うんだ。誰しもどこかの月に誕生日があるものだ」
「そう・・だけど。君ってほんとシンプルにできてるよね」

不二は半ば呆れ口調で言うが、

「そうは言うが、一週間前にこの会話をしていたら、来月のこととして終わるのではないのか?」
「まあ・・・今日が誕生日ってならともかく、そうかもしれないけど」

自分の誕生日も意識しないなんて、何となく淋しい気もしないではないが、
これもまた手塚らしい持論だと不思議と納得もできた。が、

「・・・・・」

手塚はうーんと考える素振りを見せた。

「何?」
「いや、今日が誕生日なら特別なことなんだろうかと思って」
「・・・・・」

二人の間に暫し沈黙が流れる。
互いの顔を見つめあったまま、不二は何度瞬きしたことか。

「ったり前じゃない!そんな大事なことなんで最初に言わないのさっ!」

手塚の言わんとすることを理解した不二は、手塚の腕を引っ張って校門に向かって歩き出した。

「どこへ行く気だ。俺は見回りを―――」
「そんなの放って置いて大丈夫だから。一緒に来て」
「一緒にってどこに・・・」

どこへなんて愚問でもあるかのように、不二は校門に足を掛けた。
不二の運動神経を持ってすれば、こんな門を乗り越えることはたやすいだろう。が、
まさか不二が禁止事項を犯すとは思いもせず、手塚はぎょっとなった。

「お、おい、やめないか。何をするつもりだ」
「誕生日祝いに決まってるじゃないか。君も早くおいでよ」

不二はそう言って易々と校門の向う側に飛び降りた。

「お前、合宿の規則を忘れたのか」
「もう、まどろっこしいなあ。じゃあ、僕がそれを破って脱走したことにしたらいいよ。君は副部長として僕を捕まえるために外に出た。それで大丈夫でしょ?」
「何を――!大丈夫なわけないだろう!!」
「ほら、早くこないと脱走犯を見失うよ」

手塚の気も知らないで不二は楽しそうに走り出す。

「待つんだ、不二っ!」
「ほら、早く早く!」

まるで面白がってるかのように、手招きをしながらどんどん不二は視界から小さくなっていく。
手塚は追いかけるしかなかった。




・・・・・



「わぁ〜綺麗だね」
「全く何をしでかしてくれるやら」

不二を追いかけてやって来たところは、青春台の街を一望できる高台。
夜景の美しさに感嘆する不二に、手塚は肩を上下させながら眉間を寄せた。

「それはこっちの台詞だよ。何が取り立てて話せるネタはない、だよ」

水臭い、と唇を尖らせて不平を垂れる不二に、手塚は呆れ顔で答える。

「今日は俺の誕生日だと宣伝して歩けとでも?」
「少なくとも英二ならするだろうけどね」
「俺とあいつを一緒にするな」

ぷっ―――

「今日は俺の誕生日だよーん」と皆に言い触れ回ってる手塚を想像して思わず苦笑が漏れた。
確かに手塚が自分の誕生日をアピールするとは思えないが、合宿でなければ家でそれなりのお祝いをしてもらったんじゃないのだろうか。

「ああ、母は特別な日だと思ってくれてるようだが」
「そりゃそうだよ。子供の誕生日は自分のなんかよりずっとずっと大切なんだってうちの母さんも言ってる」
「そういうものだろうか?」
「そうそう、今日は君がいなくてきっと淋しく思ってらっしゃるよ」

手塚はふうんと人事のように相槌を打った。
彼のことだから、それはそれで仕方が無いとあっさり割り切っているのだろうけど。
手塚だってまだ中学生。少しくらいはソワソワしてもいいように思う。

「まあ、いいけどね」

そう言うと、不二はすぐ側の自動販売機で買ったコーヒーの缶を手塚に渡した。

「ごめんね。夜はもう肌寒いし、あったかい方がいいと思ってさ」
「・・・?」
「学校の自販機のはまだ全部冷たいからさ」
「ああ・・」

それでこんなところまで来たのか?と、手塚は手の中のほっこりとしたぬくもりを握り締めた。

「君の生まれた日に乾杯!」

不二は手塚の掌にある缶に向けて、コツッと自分のそれをぶつけた。

「せめてこれくらいはしたいじゃない」

にこにこと笑う不二に手塚も釣られるように口元を上げた。

「なるほど。確かに悪いものではないな」
「一緒に脱走した甲斐があったでしょう?」
「おい、俺は脱走犯を捕まえに来ただけじゃなかったのか」
「やだなあ、二人で誕生日祝いをしにきたんだろ」

いけしゃあしゃあとそんなことを言う不二に、手塚は「そうだな」と珍しく中学生らしい無邪気な笑みを漏らした。



・・・・・



「僕が君の近くにいる間は祝ってあげるよ」
「なら、来年からは宣伝しなくてはな」
「大丈夫、もう忘れないから」


そんなことを話しながら、こっそり学校に戻ったのはついこの間のことなのに。
あれから何度10月7日を迎えただろう。
約束どおり、手塚の近くで過ごした三年間は、毎年ささやかながらおめでとうの乾杯したものだ。

今はもう側にはいないけれど。
不二は10月7日の夜になると、二人で乾杯をした中学時代の夜を思い出しながら、ほっこり暖かい缶コーヒを傾ける。

窓の外、どこかで同じ空を見ている手塚に。

「ハッピーバースデー」


 end
すみません、何のオチもありません。
二人の関係は恋人未満ってとこでしょうか。出来上がってしまう話しか書いたことがなかったように思うので、たまにはこんなのもいいかと思ったんですが、なんかちょっとしんみりしたラストになってしまった・・・かな・・??
ただ、もう逢えない二人ってわけではありません。しっかり手塚に印象づいてる2月29日の不二くんのバースデーは手塚からおめでとうの電話が入るようなよき関係。まあ、4年に一度だからそんなに回数はないけどね(笑)。
一方不二くんは手塚は自分とは掛け離れた世界の人なので、ちょっと遠慮気味に距離をおきがちですが、想いをこめておめでとうを言う相手は、家族を除いて、手塚一人です。まあ、そんな微妙な二人の(中途半端な)お話でした。お粗末さまでした(ほんとにな)。

HAPPY BIRTHDAY TEZUKA!! (2010.10.7)