heart-strings


「うん。いいんじゃない?」
「そうだなぁ。でも、こっちもいいんだよね・・。」

大型ショッピングモールが新装開店し、ぶらぶら見物がてら足を運んだ。
若い女の子が如何にも目を見張るようなディスプレイを施されたジュエリーショップから一組のカップルの会話が漏れ聞こえてきた。

彼女は左手の薬指に次々にリングをあてがい真剣な目つきで物色している。大方、隣の彼氏に買ってもらうんだろう。
あれこれありすぎて困った表情をしているが、その実とても嬉しそうである。

「いいなあ・・。」
僕はカップルの方を向いたままつい言葉にしてしまった。

君は僕の視線の先を追いかけてから、意外そうな顔つきでもう一度僕を見る。

「お前、ああいうのが欲しいのか?」
まじまじと見つめる君に僕が単に指輪が欲しいと思われたことが想像できた。

「ち、ちがうよ。そうじゃない。」
「じゃあ、何がいいんだ?」
「・・・・」


改めて問われて答えにつまる自分がいた。
凄く単純な事なのに――――




――――そう、僕はただ羨ましかっただけなんだ。


指輪を買ってもらえることがじゃない。
恋人に指輪を贈る。今の時代そんな構図、珍しくもなんでもない。
だから恋人達はごく当たり前のように二人でそれを選びにくる。でもそれが自然に感じられるのは男と女という前提があるからだ。

僕たちには当てはまらない前提。
何処まで進んでも到達する事はない。

単純な感情・・・。
でも、その裏には絡んで解けない糸のように錯雑とした思いがひしめきあっている。
僕は、否、僕たちは永遠に出ることのできない迷路を彷徨ってるんだ・・・。


だからそれを言葉にすることは容易ではなかった。


手塚はもう一度店の中のカップルに目を移してから怪訝そうに僕を見た。

「ね、ねぇこの階はさ、あんまり僕たちには関係なさそうだから下に行こうよ?たしか大きなスポーツ店も入ってたはずだよ。」
「・・・・ああ。」

何故だかだんだん哀しくなってきて無理やり話を終わらせた。

わざと会話を尻切れにしたことを君は気付いただろうね。
だけど僕の心の奥底に沈殿する泥の様な思いにはきっと気付かない。





その後、スポーツ店で一緒にシューズやラケットを見て回った。
グリップテープやガットを一緒に選んだりすることは楽しいし、来てよかったと思う。

でもそれは、君とでなくてもできること。

その現実を悲しく思うのは

―――――――― 自分本位なことだろうか。


もし、僕が手塚と指輪を選んでいたら周囲はどう見るのか。
奇矯な人間として蔑まれるかもしれない。
面白おかしく囃し立てる者もいるだろう。

けれど今日の僕たちは友達同士が仲良く買い物にきている微笑ましい姿に見えたはず。
それの何が不満なのか・・・
寧ろ、都合がいいことなのに。

お互い惹かれあい、想いあい、求めあい・・・それだけで満たされる。

僕たちの想いのなかには男も女もない。

誰かに分かってもらいたい訳じゃない。
興味本位で騒がれるくらいなら仲のいい友達と思われているほうがずっといい。


そう思ってはいるのに・・・・




見えない未来への戸惑か。
不安定な気持ちが僕を揺さぶる――――



夕方、僕たちはそれぞれの家へ帰るべく行き先の違うバスに乗った。
家まで送るといった君への反抗心。
少しだけ意地になった。


取り繕って表面上はただの友人なら最後まで演じればいい。
男の僕が同い年の君に送ってもらうなんてやっぱりおかしいと思うから。

自分に堰杙をうって溢れ出そうな心の中を堰き止める。



それでいい―――――





夏の気配が顔を出しつつあるこの頃だが、
窓から流れ入る透明な空気が肌を僅かに震わす。

開いた窓を閉めようと窓際へ近づいた。

窓越しに一つの影。


「て・・づか?」

同時に携帯の着信音がなる。
いつか二人で見た映画のテーマ曲。君からだという信号・・。

僕は夢中で階段を駆け降り玄関を飛び出した。

「手塚、どうして・・?」
「お前に・・言っておきた・い事がある。」

走ってきたのか、手塚の呼吸が幾分乱れている。

「とにかく、中へ入って・・」
家の中に導こうとした僕の手を取って手塚は何かをポケットから取り出しそっと握らせた。

手のひらにはシルバーのリングが一つのっかていた。

「え?これ・・・」
「お前に、やる。」
「買ってきたの?もしかして昼間僕が言った事気にして・・?僕は、」

「分かっている。」
続けようとした言葉は少し強めの口調で遮られ、僕はその後の言葉を飲み込んだ。

「こんなものが欲しいのではないことは、分かっている。」
「・・・・・・・」
「ただ、すまない。俺は感情を言葉にするのは苦手だ。そのことでお前を不安にさせてきたと思う。きっと、これからも。だからこれを証にしてくれないか。」
「・・証?」
「どんなことがあってもずっとお前の傍にいる。お前は俺の特別だから。」



手塚がそう言って、どれくらい時間が過ったんだろう。否、もしかして2、3秒のことだったかもしれない。
だけど僕には時が止まったような気がするほど長い長い時間のように思えた。

「・・不二?」
君の声で我に返ったかのように、現実に気付く。

そう、僕は泣いていた―――。


君は僕の頬に軽く手を添え、親指でそっと涙を拭ってくれた。

はめていたペンダントをはずし僕の手の中のリングを取る。

「誰に認められなくても、俺自身が認めている。それだけじゃだめか?」

チェーンに通されたリングを手塚はつっ立ったままの僕の首にそっと掛けた。
僕は胸の前のそれをギュッと握り締め、ただただ首を横に振る事しかできなかった。



 





「意外・・僕が思ってたこと全部分かってたんだ・・。」
僕は苦笑を漏らした。
君にはきっと理解できない感情だと思っていたから。


「俺も同じだからな。」
「え?」
「今のお前と全く同じ立場でいるのは俺だろう?」
「う・・ん。」
「だったら、同じ事で悩むのも分かるだろう?」

鳩が豆鉄砲を食らうとはこんなことを言うのだろうか。
意外な発言に僕は愕然とした。

「そんなの・・・わから・・ないよ。」
「何故?」
「だって、君はいつも冷静で慌てたりもがいたりした事もないし、人に流されることだってないんだもの。正直、冷たいって思うことだってある。くだらない事言ったら、キッパリ切り捨てられそうで・・。そんな君が僕と同じようなことで悩んだりするなんて、考えられないよ。」

手塚は僕の言葉を真剣に聞いていた。

「それは・・・侵害だな。」
「怒った?」
「いや、間違ってもいない。だが、好きな人に関して冷静でいられるほど俺は大人じゃない。お前の顔色一つ、言動一つでいつもはらはらしどおしだ。そして何もしてやれない自分に苛々もする。」
「手塚・・。」
「こんな俺だが、不二・・・・・」


最後は聞き取れないくらい小さい声だった。


傍にいて欲しいんだ――――――



手塚がはじめて僕に言った我侭。

苦手な言葉で一生懸命伝えてくれた、最高の我侭――――



「もちろん。」
僕も最高で答えたいと涙で潤んだ瞳を細めて思いっきり微笑んだ。



「不二、俺はお前を・・」
「ストップ!」
僕は手塚の唇に人差し指を当て、言いかけの言葉を静止させた。

「もういいよ。ありがとう、手塚。もう十分だよ・・だから今度は僕に言わせて。」



―――――君が大好きだよ。







君に恋をしたいくつもの瞬間―――僕は忘れない

真っ直ぐ先を見据えてテニスをする君。
忙しくても確実に責務をこなす生徒会長の君。
厳しい視線を以ってしても皆に慕われている君。
時折向けられる優しい顔の君。
僕が特別だと言った君。

色んな君に会うたびに僕は恋をした。

誰にも言えない恋。
知られてはいけない想いにこれからも悩むだろう。
だけど2人なら乗り越えていける。







「不二、少し打たないか?」
「いいよ。」


春の日差しの下ラケットを持ちコートに入った。
シルバーのリングがユニフォームの中で揺れている。







           そしてまた、僕は君に恋をする――――







END