君に Herat Trouble!


中学三年の秋、手塚の十五回目の誕生日。
あの日、僕は朝からそわそわと落ち着きがなかった。

ずっとチームメイトとして過ごしてきた手塚を、特別な目で見つめだしたのは一体いつからだったのだろう。
全国大会に優勝した後、部活を引退したら、僕たちは一緒にいる時間がぐーんと減った。
もちろんそんなことに淋しさを感じているのは僕だけで、手塚にとっては蚊が刺したほども気になることじゃないんだけど。
でも僕は刺し跡が化膿して膨れ上がったみたいに、手塚が足りない学校生活が痛痒かった。
次の春には手塚はドイツなんかに行っちゃうらしい。
だけど、僕はどうすることもできないわけで。
付いていくわけにもいかないし、止めるわけにもいかないし。
うーん、どうしたものかと考えて、ある一つの答えが見つかった。

手塚の特別になること。

もし、僕にとっての手塚のように、僕が手塚にとっての特別になれれば、側にいることができなくても、手塚不足は解消できる。
でも、特別になるってことは、一大ハードルを越えなければならない。
これはいきなりオリンピック級の、しかも棒高跳びくらいの高さはあるだろうハードルだ。
何しろ、これまで女の子っていう羽がついている子達だって飛びこえることができなかったんだから。
それでもこのままじゃ、今を打破することはできない。

こうして僕は手塚に告白という最大級の大勝負にでることにした。

手塚の誕生日、これを利用する手はない。
僕はお気に入りのアンティークショップで買った写真たてをプレゼントに用意した。
これは二体で一対になるという、乙女チックな代物だ。
並べて置くと、ハートの形が出来上がる。なんてベタな演出だろう。
さすがの僕も一瞬スルー仕掛けたけれど、
僕の方に手塚の写真、手塚の方に僕の写真、互いが離れた土地で持っていて、再会した時一つになる。
そんなドラマが浮かんだ瞬間、この手がしっかり握っていた。

全国優勝をした日、みんなで撮った記念写真。
僕と手塚は偶然にも隣の位置に座ってた。
僕はそこだけクローズアップして僕の方に手塚を、プレゼントの方に僕の写真を収めた。
恋が叶えば二人はハートの枠の中、失恋したらそのままブロークン!
後は渡して告るだけだ。
こんなものを用意してしまったからには、台詞も決まってくるだろう。
えっとー!

「離れても繋がっているんだ、君のハートにロックオン!」
「二つで一つ、僕の心は君のもの」
「僕をドイツに連れてって」

だめだこりゃ。

結局誕生日当日まであれこれ頭を悩ましたけど、良さ気な台詞は見つからなかった。
普通に「好きです」でいいようにも思うけど、好きの意味合いが難しいんだ。
何しろ相手は同性なわけだから、「俺も好きだぞ」でめでたく友情が深まりかねない。
僕が望んでいるのはお友達じゃない。その微妙な心の匙加減を理解してもらわないと意味がない。
よぉーし!この際だ。ハートがロックでも、君の瞳が乾杯しても、味噌汁作ってやってもいい。
僕の気持ちが恋情だってことを、分かる告白をしてみせる!

「手塚っ!ちょっと聞いてくれるかなっ!!」

昼休み、僕は一組の扉を勢いに乗じてバンッ!と開けて、つかつかと手塚の前まで行った。

「構わないが・・・どうしたんだ、急に?」

僕の行動に驚いたのか、手塚は箸で玉子焼きを掴んだまま、目をぱちくりさせている。
急じゃない。僕にとっては全く持って計画的だ。
けれど計画なんてものはあくまでも考えをめぐらしただけに過ぎない。
実行できるかどうかは別だった。

「あの・・・だから、そのっ!」
「・・・・・」
「ハートが今ブロークンで・・・」
「・・・・・?」
「二つで一つだから。君さえ良かったら味噌汁で乾杯を―――」
「大丈夫なのか?」

手塚はお箸を置いて、自分のおでこに右手を、僕のおでこに左手を当てて、体温を比べだした。

「熱はないようだが。胸が苦しいなら保健室に行ったほうがいい」
「・・・・・」

僕の言い方も悪かった。悪かったのは認めるけど、ハートがブロークンで胸の病と思うのもどうだろうか。
だけど、僕は気づけば保健室で校医の先生に診てもらってた。

「心音に乱れはないけれど、念のため病院に行った方がいいわね。お家に連絡をいれるわ」
「いっ、いや!大丈夫ですからっ!!もう治まりましたので。ほらこの通り!」

僕は笑顔で、ご丁寧にガッツポーズまでしてみせて、帰ってから病院に行くと大嘘吐いて、何とか「お家に連絡」だけは免れた。

「本当に平気なのか?」
「うん、君の勘違いだから・・・いや何でもない、ありがとう手塚」

一応僕を心配してくれた手塚の優しさはありがたく受け取っておこう。

それはそうと、これはチャンスだ。
保健室を出て、二人きり。
さっきはつい勢いで行動にでかけたけど、考えたら周囲に生徒がたくさんいた。
一躍有名人になるところだった。

「あの、手塚。僕ちょっと風に当たりたいな」

心臓が再び高鳴ってきた。僕は熱の篭った頬を手のひらで押さえながら、手塚を誘った。
手塚はそんな僕の手をいきなり取って、中庭の方に連れて行く。

「て、手塚・・・」

僕の鼓動はマックスハート、こんな状態で告白なんてできるのだろうか。
でも、僕の手を包む手塚の掌は大きくて、暖かくて。
片想いだということをつい忘れてしまいそうになる。

「不二!」

手塚は足を止め、僕の両肩に手を置いた。
絡み合う視線と視線。期待するなと言われても無理というもの。

「手塚・・」

もしかして、手塚も僕を―――。
と思っていたら、ぐいっと肩に重みが掛かって、僕はベンチに押し込まれるように座らされた。

「ちょっと待っていろ」
「え!?」

手塚は行き成りどこかへ走って行き、暫くしたら、ウーロン茶のペットボトルを抱えて、やっぱり走って戻ってきた。
手塚は僕にそれを渡し、背中をさする。

「水の方がいいと思うが、これしかなかった。とりあえず飲め」
「あ、うん、ありがとう」

訳けは分からなかったけど、緊張で喉がカラカラだったから、僕はそれを喉を鳴らしながら戴いた。
ぷはぁ〜っと息が漏れる。冷たいお茶はとても美味しかった。

「少しは落ち着いたか?」
「ああ、そうだね」

お陰様で気持ちは随分リラックスした。
でも、手塚に気づかれるほど僕はソワソワしてたかな?

「だったら楽なうちに帰ったほうがいい」
「・・・・・」

「・・・・?」

「いや・・あのさ・・」

風に当たりたいのは気持ちが悪くなったからじゃなくてですね!

まあ、いいか。結果的には二人きりになれたわけだし。
僕は細かいことは拘らない性格だ。

「あのね、手塚。僕さ・・・」

気を取り直して僕は告白を始めることにした。
手塚の目を覗き込むように見つめると、手塚も僕をじっと見た。
あー、心臓がドキドキする。音が漏れてしまうんじゃないだろうか。
僕は無意識に鼓動を抑えようと、左胸に手を置いた。

「不二・・・お前・・・あ!先生っ!」
「へっ?」

中庭から見える校舎の廊下を、先ほどの校医が歩いてきた。
話もまだ始まらないうちに、手塚は大声を出して校医を呼びとめる。なんか嫌な予感・・・。
そして、校舎の方へ駆け出すもんだから、僕は焦った。

まさかっ、だよな!

「違うんだ、手塚!僕なら元気―――おわっ」

言い訳することも許されず、ペットボトルが転がる鈍い音が静かな中庭に響いた。
僕はその横に突っ伏していた。
こけた―――。

「不二ぃ!!」

手塚は僕の元へ大慌てで戻ってきた。
僕の身体を起こし、自分の膝を支えにして抱え、悲愴な面持ちで言う。

「お前、何もそこまで我慢しなくても!先生っ、不二が大変です!先生〜っ!」
「わーっ!!生きてる!生きてますっ!ピンピンしてるし、ビンビンだし!」

僕は起き上がりこぶしのように素早く起き上がって叫んだ。
ビンビン・・・は全く関係なかったけど、元気な男の子を象徴したらつい・・・。言葉って難しい。
でも、危うく病院送りになるところを、寸でのところで免れた。
よかった・・・。

再び手塚と二人きりになれた。
けれど、細かいことには拘らない僕も、さすがにイライラしてしまって、一言物申したくなった。

「あのね!さっきから勝手に僕を病人にしないでくれる!」
「だが、お前、心臓が苦しいんじゃ―――」
「言ってないし!」
「気分が悪くて外の空気が吸いたかったのだろう?」
「言ってないしっ!!」
「突然倒れて心配したぞ」
「こけたんだっ!」

「とにかく!僕はこの通りどこも悪くないし、苦しくもないし、健康そのものだし!全部君の思い込みだからっ、OK!?」

びしっと決めたつもりだったけど、手塚が僕の喝破に口を噤んだので、我に返った。
ムカついてる場合じゃなかった。

「いや、あの、だからね、心配してくれる気持ちは嬉しいんだけど、僕はどこもなんともないからさ」
「そう、なのか?」
「そう、なんだよ」

うん、うんと僕は笑顔を作って気持ちを落ち着ける。

「そうか、よかった」
「うん、よかった」
「それなら、俺はこれで―――」
「うん、これで。・・って、ちっともよかない、待ちやがれーっ!!」

危ない、危ない。そのまま流されてしまうとこだった。
手塚のノリって分かりにくい。
一旦踵を返した手塚が、僕の叫び声に振り返り、再び僕に向き直った。

「そう言えば、何か聞いてくれとか言ってたな」
「そ、そうなんだよ。そうそう。僕は君に話があるんだよ」

僕は胸を撫で下ろした。これでやっと本題に入れそうだ。
けれど、漸くそこに行き着いた安心感で、僕はその本題が一番厄介なのだということを、すっかり忘れていた。

「話ってなんだ?」
「うん、僕君が好きなんだよ。で、よかったら付き合ってほしいなーって告白したかっただけなのに、なんか変な方向に話が行っちゃって、どうなるかと思ったよ」

そう、手塚への告白が、僕にとって一大決心で、心がパンパンに張り詰めて、身体がカチカチに硬くなって、震えんばかりの状況で審判が下るのを待たなければならないものだったってことを僕は忘れて、あっさり、さらさら、連絡事項を伝えるかのようにべらべら言ってしまった。

手塚はぽかんと口をあけて動かなくなった。

「聞いてるの?ね、手塚!?」
「・・・・・・」
「また一本違う筋に入っちゃったんじゃないよね?もう一度言うけど僕は心臓病でもないし、気分が悪いわけでもないからね!君が好きなだけ、分かった!?」

そして、これでもかとえらそうに、人差し指を手塚にぶんぶん振りながら、僕は念には念を押しまくった。

「あ、ああ・・。一応言いたいことは分かったが・・・それで・・・俺にどうしてほしいんだ」
「どうして・・って、そんなの付き合ってほしいに決まってるじゃん。でも男同士だし、一応社会的モラルとか、これまでの僕らの関係とかいろいろ考えたら、君が困るんじゃないかって僕も色々悩んで・・・悩んで・・なや」

わーーーーっ!そうだった!悩んだ末の告白だったんだぁぁ!

ってムンク並に叫んでみても時既に遅し。
ただでさえ、嫌われかねない内容なのに、こんな横柄な告白があるか。
しかも手塚は予想通り困ってるし。
絶体絶命の苦境に自分で自分を追い込んでしまった。
どうしよう。
このまま走って逃げようか。
それともこの場で潔くふられようか。

けれど、何も言わない手塚を前に、結局去ることもできず、返事を待つ勇気もなく、早鐘を打つ心臓に耐え切れなくなって、僕は胸を押さえてその場にしゃがみこんだ。

「苦しい・・・」

息苦しくて、ぽろりと漏れた本音。涙が滲んできて、顔もあげられなくなった。
辺りはしーんと静まり返ったまま。音のない世界がこんなに居心地悪いなんて初めて知った。
暫くして、はぁっとため息交じりの音と、「ほら、見ろ」という呆れ声が僕の耳元に届いた。
それは紛れもなく手塚のもの。覚悟はしてたけど、友達にすら戻れなかったらやっぱキツイよなぁ・・・。
恐る恐る顔を上げると、手塚の顔が目の前にあった。
僕と同じように小さくしゃがんで、同じ目線で僕を覗き込んで、手塚は言った。

「分かった。付き合おう」
「はい?」
「今日からよろしく頼む」

僕は涙がいっぱい溜まった目をぱちくりさせて手塚を凝視する。

「付き合うって買い物に付き合うわけじゃないよ?」

念のため確かめてみた。

「分かっている。今日からよろしくと言ってるだろう」
「何でそうなるの?」

告白しておいて何だけど、真面目に疑問だった。

「病気は早く治した方がいい。そのために俺が必要なら協力する」
「びょう・・き・・?」

なんか違うような気もするけど・・・。
っていうか、そんな安直でいいのか、手塚国光。

僕は感動通り越して、同情した。



あれからちょうど3年。
手塚不足は特別になると、もっと解消されないことを僕は知った。

「誕生日おめでとう」
『ああ。それより具合はどうだ?』
「そうだね。でも・・・半分のままじゃ、多分治らないよ」

だって、君がいないとキュンと軋むんだもの。
受話器越しの声だけじゃ治まりそうもないから。
僕の胸はこれからも多分ずっと痛い。

『そうか。じゃあそろそろ一つにしたらどうだ?』
「いいの?」
『半分のままじゃ治らないんだろう?』

半分のハートに閉じ込められた君を見つめながら、僕は言った。

「うん、ずっとね・・・」
『だったら仕方がないだろう。お前に一生付き合ってやる』

一つのハートに閉じ込められた君と僕を想像しながら、僕は言った。

「うん!ずっとね」


END


アホな話ですみません。
手塚は別に流されたわけではありません。奴は不二が病気かもしれない!?と疑った時点でいても経ってもいられないので、自分と恋仲になるくらいで治るならお安い御用だと思っています。結局は両想いです。
ということで、すみません・・・・微妙に手塚が誕生日であることがあまり関係ないような内容なのもすみません(平伏)。
HAPPY BIRTHDAY!!TEZUKA!!(2008.10.7←(9だ!))