きみにあえてうれしい


今日は青春幼稚園の卒園式。
3年間通った大好きな場所とのお別れの日。
住んでる地区が違うからお友達とはそれぞれ違う小学校へ行くのよってお母さんが言っていた。

青春幼稚園には僕の友達がいっぱいいる。
ずっと同じ組だった英二君、僕の一番の友達だ。
一緒におすし屋さんごっこをしたたかちゃん。お父さんが板さんだけあって泥んこのお寿司はいつも本物みたい。
園庭の草や葉っぱをつぶしたものやこっそり摘み取ったお花の搾り汁を水に混ぜて、自称健康ドリンクを作っていた貞治君。
実はその中には絵の具やクレパスの削りカスも混ざっていた事は僕たちだけの秘密だった。
でもそれを年中組の桃ちゃんが一口飲んじゃったから先生にばれてものすごく怒られた事もあったっけ。
優等生の秀くんは正義感が強くてやたら面倒見のよい子だった。
泣いて幼稚園に行くのを嫌がっていた弟の裕太に、薫ちゃんという同い年の友達を無理やり紹介してくれた。
友達ができれば楽しいと思うけど、裕太に薫ちゃんはちょっと違うんじゃないかと僕は心の中で思っていた。
その予感が的中して次の日にはいつもにまして裕太は幼稚園に行くのを嫌がった。
秀君は気の弱い裕太には年下の方がいいと今度は年少組のリョーマくんを連れて来た。
リョーマ君は小さいくせに結構生意気だった。
やっぱり秀君の人選はちょっと違うと僕は思った。

「泣いてばっかじゃん。まだまだだね。」

さすがの裕太もちっちゃい組のリョーマ君にえらそうに言われてプライドが深く傷ついたみたいだ。
すごい取っ組み合いの喧嘩になって、裕太のおでこに大きな傷ができた。
その時トレードマークのバンダナをはずしておでこの血をふき取ってくれたのは薫ちゃんだった。
その日以来薫ちゃんはずっと裕太と一緒にいてくれた。
薫ちゃんはいつも怒った顔をしてるけど、裕太は幼稚園に行きたくないとは言わなくなった。
僕は秀君に初めて感謝した。

こんな風に青春幼稚園の皆は本当に仲良し。
毎日僕はたくさんのお友達と楽しく一緒に遊んだ。
だけど一人だけ最後まで仲良くなれなかったお友達がいる。
国光くんだった。
ちっちゃい組から入園した僕らとちがって国光くんは年中組から入ってきた。
それが理由なのか国光君は一人でいることが多かった。
自由遊びの時間、気になって何度か遊びに誘ったけど、国光君はいつも「いい。」と言って座って絵本を読んでいた。
話しかけても「ああ。」と返ってくるだけで国光君からは何も聞いてはくれなかった。
秀君も国光君にはお手上げで、初めは色々声をかけていたもののそのうち諦めて他のお友達の世話を焼きに行った。
僕も何となく国光君が苦手だった。
にこりともしないのは薫ちゃんと同じだけど、国光君は怒りもしない。笑った顔も驚いた顔も泣いた顔も見た事がなかった。
僕はまだいじめっ子の方がましだと思った。
だっていじめっ子ならちゃんとお話すればこれから仲良くなれるかもしれないもの。
でも国光君は返事しかしない。だからきっとずっと友達にはなれない・・そう思った。

今日は青春幼稚園の卒園式。
大好きなお友達ともお別れの日。
先生は「お別れするのはとっても淋しいけれど・・」って口をそろえて言う。
どうしてお別れなのかな?
幼稚園にくるのは最後だけれど、皆違う小学校へ行くのは知ってるけれど、それがどうしてお別れなのかな?
どうして淋しいのかな?

お式の間、たくさんの先生が泣いていた。
式を見に来たお母さん達も泣いていた。
最後は蛍の光に送られて僕たちは拍手の中を歩いて外に出た。

お友達とはいつもどおり。
園庭を走り回ったり、遊具に上ったり、おしゃべりしたり、笑いあったり。
誰も淋しいなんて言わなかった。
誰もお別れなんて思っていなかった。

「あれ・・国光君?」

今日もやっぱり国光君は一人だった。
先生にご挨拶しているお母さんを、黙って一人で待っていた。
お別れの意味は分からなかったけど、お母さんや先生が何度も今日が最後なのよって言っていたから最後にもう一度だけ国光君を誘ってみようと思った。

「ねぇ国光君、あっちで・・・」

あっちで一緒に遊ばない?って声をかけようとしたんだけど、振り返った国光くんを見て最後まで言えなくなった。

「・・・・え?」
「見るなっ!」

国光君は大きな声で強く叫んで走って逃げだした。
僕は国光君が怒ったところを初めて見た。
でも驚いたのは怒ったからではない。
国光君が泣いていたからだ。

僕は国光君が逃げた方へ追いかけていった。

「国光君!!」
「こっちへ来るな!」

あの国光君が拳を握り締めて、唇を噛んで、目を真っ赤にして、震えながら立っていた。

「国光君、どうしたの?」
「・・・・・」
「何で泣いてるの?」
「・・・・・」

国光君は答えない。
僕はお母さんや、先生の言った言葉を思い出した。
もしかして・・・

「国光君、淋しいの?」 

何を聞いても黙っていた国光君がやっと喋りだした。

「・・・お前は淋しくないのか?」
「どうして?」
「どうしてって、お別れだからだ。」
「お別れってどうなるの?」
「お別れって・・・つまりさようならってことだ。さようならっていつもみたいに『また明日』っていうことじゃなくてずっとさようならって意味だ。」
「ずっと・・?」
「ああ。」
「もう皆と一緒に遊べなくなるの?」
「絶対ってわけじゃないけど、まあ、そうだろうな。」

そう言って国光君はくるりと後ろを向いた。
僕に向けた小さな背中が時々ぴくりぴくりと揺れている。
聞こえてくるのは鼻をくちゅっと啜る音。
国光君が泣いている。どんな時もおんなじ顔でむすっとしていたあの国光君が泣いている。



これまでお別れって言われてもよく分からなかった。
多分今もよく分からない。
でもあの国光君が泣くくらいだから、お別れっていうのは国光君が言うとおりもう遊べなくなるってことなんだろう。
ずっと一緒にいた英二君とも?
たかちゃんとおすしやさんごっこ、もうできないのかな?
新しいジュースの作り方、貞治くんに教えてもらう約束したばっかりだよ?
薫ちゃんの他に桃ちゃんも紹介するって秀くん張り切ってたのに。
僕にだけは何故か素直だったリョーマくん、もう一人弟が出来たみたいで可愛がってたのに。

まだまだみんなでやりたい事がいっぱいあるのに・・もう会えなくなっちゃうの?

「うっ・・・」

すごくすごく悲しくなって、涙がじんわり溢れてきて、胸がだんだん苦しくなって

「ふぇっ・・えっ・・ひくっ・・ひぇっ・・・」

とうとう声まで出して僕は泣き出してしまった。

「お、おい・・周助くん。」

僕があんまり大声で泣くものだから、国光君の涙は引っ込んじゃったみたいだ。

「だ、大丈夫だ。二度と会えないわけじゃない。」

国光くん、さっきと言ってる事が違う。
でもきっと僕を一生懸命慰めようとしてくれてるんだ。
国光君はとっても優しい子だったんだ。
いつも一人でいたくせに、お別れを淋しいと涙がでるほど僕たちの事が大好きだったんだ。
ごめんね、苦手だなんて思ってごめんね。
もっともっと誘えばよかった。
嫌だといっても、無理やり手を引っ張って一緒に遊べばよかった。
でももう明日から国光君はいない。英二君も貞治君もたかちゃんも秀君もみんなみんな別々になっちゃうんだ。
桃ちゃんや薫ちゃんやリョーマ君はまだ幼稚園にいるけれど・・・そう、僕がもういないんだ。

お別れってこういうことだったんだね。
さようならってとっても淋しいことだったんだね。

「ああ。」

国光君が言った。
いつものように短い返事。でも今日は続きがあった。

「・・・けれどみんながいてよかったと思う。みんながいたから楽しかった。」

一度も一緒に遊ばなかったくせに。
楽しそうな顔なんてしたことないのに。

「俺の居場所だったんだ。」

国光君が教室の方を見て言った。
そこには国光君がいつも本を読んでいた机が見えた。

「あ・・・。」

そうか。国光君はあそこで本を読みながら、こっちで遊んでいる僕らを見ていたんだ。
僕たちの声を聞きながら国光君も一緒に過ごしていたんだ。
ずっと一緒に遊んでいたんだ。

だから淋しい。
明日からあそこで本を読む事も、友達の笑い声を聞く事もない。

「お前に誘われるのも、これで最後だな。」
「国光君・・。覚えてたの?」

何回か誘っただけだったのに。

「当たり前だ。・・嬉しかった・・からな。」

そっぽを向いたまま国光君が言った。
僕はなんて言っていいか分からなくて、暫く黙っていたら、
国光君は僕の手をとって走り出した。

「おーい!!色鬼しないかー?」

その先にいる仲間に国光君が声をかける。
みんなが驚いて国光君を見たけれど、すぐ笑顔になって集まった。
僕は嬉しくて国光君の手をぎゅっと握り返した。


「最初はぐーっ!じゃーんけーん・・・」



一緒に過ごした日、それは僕たちのきらきらした宝物。
明日から別々になっても、ずっとずっと忘れない。
淋しいけれど、涙が止まらないけど、胸がぎゅっと痛いけど

やっぱり嬉しかった。


皆に会えて嬉しかった。


きっとまた会えるよね


また会おうね―――





END