『さくら・さくら』
日本の国花はさくらの花。さくらの花言葉は、高尚・純潔・心の美・優れた美人・
精神美・淡白と書いてあった。
さくらの花は、どんな空をバックに描いても、お似合いだと思う。晴れた青空を
キャンバスにさくらの花が、春風に優しくゆれている風景や、曇り空を背景に薄桃色の
さくらの花が、静かに咲いている風情も、また、宵闇に咲く桜の枝が、雪洞の淡い光に
照らし出されている様も、幻想的で美しいと思う。突然の雨や風に桜の花びらが、一瞬にして舞い散る風景などは、まるで1枚の絵画のようにも、想像することが出来る。
私とさくらの花との関わりは、幼い頃から遠くて薄い関係だった。私の実家の周辺
には、李や梅、柿や栗の木は生えていたけれど、さくらの木は身近に生えていなかった。
私とさくらの花との思い出と言えば、私が独身のころ勤めていた総合病院の、女医の
先生や検査技師さんたちと、一緒に吉野山のさくらの花を見に、連れて行ってもらった
懐かしい思い出がある。あの日は確か良いお天気に恵まれ、絶好の花見日和だった。
吉野の草原で、昼食を食べたり、歌を歌ったりしながら楽しいひとときを過ごした後、
さくらの木がたくさん生えている、吉野の山道を登って行った。まるでさくらの木は、
枝いっぱいに美しい花を満開に咲かせて、私たちの来るのを
歓迎してくれているかのようだった。
私はそれまで、あんなにたくさんの桜の木を見たことがなかった。吉野山のさくらの
木々に囲まれて、その広大さに感激した。それど同時にさくらの木々に宿る、不思議な
魔力のような物を感じた。
その後、私が結婚してからのさくらの花との関わりは、私の住んでいるy市にある城跡周辺に生えている、さくらの花との思い出だろう。まだ、二人の子供たちが、小学校の頃だったと思う。自治会の人たちと一緒に、お城跡のさくらの花見に参加したことが
あった。満開に咲き乱れたさくらの木の下で、自治会からいただいたお弁当を、子供たちと一緒においしくいただいた思い出がある。
それから何年か後、自治会のカラオケ同好会の仲間の人たちと、雪洞の淡い光に映し
出された、夜桜をバックにして小さな舞台の上で、カラオケの曲に合わせて歌を歌った。夜桜はお昼に見るさくらの花と違った、一種独特の雰囲気が醸し出されていた。目の
不自由な私にも、そんなさくらの花から発散されている、パワーを体全体に感じながら、歌を歌った春の思い出がある。
その後、あれは確か娘が中学生のころだったと思う。どんな用事で町に出て行った
のか、記憶がおぼろげで今となっては、はっきりと覚えていない。丁度夕暮れ時で春雨が静かに降っていた。お城跡が近かったので娘と二人、さくらの花を見に行くことに
なった。お城あとの道端には、露店が並んでいて賑やかだった。夕闇が迫るお城跡周辺の夕闇を、雪洞の淡い光が照らし出していた。娘は低い所にあるさくらの枝を、私の方に引き寄せてくれた。そして、私の手に春雨にぬれた、さくらの花をそっと触れさせて
くれた。あの春雨が静かに降る中で、娘と二人さくらの花に触れた感触は、今も私のこの手の指に、あの春の夕闇の思い出と共に蘇ってくる。
そして、私は現在癌患者となった。病を患っている多くの人たちが、口にする言葉。
「私、来年さくらの花見ることが出来るでしょうか?」と・・・。さくらの花は、春を
代表する花なのだろうか?何で『さくらの花』なの?他の花だとだめなの?誰1人、「私、来年の春になったら、梅の花見ること出来るでしょうか?」、なんて言って
いるのを一言も聞いたことがない。
私は癌患者となってから、「さくらの花」の持つ魅力について、深く興味を抱くようになっていった。それは、桜の花が持っている魅力とでも言うのだろうか…。それとも、
さくらの木に宿る不思議な魔力とでもいうのだろうか…。
視覚障害者の私にとって、幼い頃からさくらの木は、遠い花でしかなかった。晴眼者の人たちとちょっと違った、桜の花との関わり方に最近気が付いた。きっと普通に見える
人たちの、二つの眼から見た「満開のさくらの木」は、多くの人間の魂を強く引き
付けて、離さないのだろうと思う。それだけさくらの花の持つ魅力は、見える 人たちの
心に、とても印象的なのだろう。
私は遠くで美しく咲いている花のことよりも、自分の身近な物に対して心が、
奪われているのかもしれない。
それにしてもさくらの花に引き付けられる、魔力は凄いと改めて感心させられた。
毎年春が訪れる度に、「今年もさくらの花を見ることが、出来てよかった!!」って、
健康な人たちも、体を病んでいる人たちも、それぞれの思いでさくらの花を、
愛でているに違いない。
そうして毎年のように春の訪れとともに、自分に与えられた命のことを、深く
感じながら、今生きていることを、しみじみと味わっているのかもしれない。
梶井基次郎さんは、「さくら」について次のような文章を書いておられる。
満開の桜の花は美しすぎる。
桜の花は、人の心を複雑にする不思議な木だ。
桜の木は、人の心を正直にする
生きているってことの素晴らしさを、感じさせてくれる。
命のはかなさと、悲しみと、愛おしさを感じさせる。
桜の木は自分の人生を見つめさせる。
私は来年の春も、さくらの花の持っているパワーと、さくらの木に宿る不思議な魔力を、
この体に感じたいと思う。
「さくらの花」の魅力に、命を繋いで生きて行きたいと思う。
そして、誰かに「私、来年の春もさくらの花見ることが出来るでしょうか?」って、
尋ねているかもしれない。