『坂道に咲いていた紫陽花とおばあちゃん』
昔住んでいた実家には、私にとって思い出深い坂道があった。私が中学校を卒業する
までの15年間、この坂道を何度となく上り下りしていた。坂道をあがり終わるちょっと手前に、紫陽花の花が梅雨の終わりごろからお盆ごろまで、花の色を七変化しながら、
毎年大きな花を咲かせていた。
紫陽花の花は坂道を上がり終わる、左側の土手に生えていた。紫陽花が生えていた
場所は、あまり太陽の光が届かない位置にあった。東は実家の家が立っていた。家の裏には山があって、東からの太陽の光を遮っていた。西の方角には、杉や檜の大木が
何本かあって、そんな木々の枝からの木漏れ日が、僅かに当たるぐらいだった。実家の
坂道は、北に向かって下り坂になっていた。南の方角には、いろんな障害物があって太陽からの直射日光を、浴びることが不可能に近かった。それでも紫陽花の花は、梅雨の
終わりごろからお盆のころまで、七変化しながら最後には、綺麗な紫の花の色に
変化しながら、長い期間、あの何とも表現しがたい紫陽花独特の、香りを付近いっぱいに
放って、咲いていた。紫陽花の葉っぱには、でんでんむしがよくくっついていた。
でんでんむしは紫陽花の葉っぱが、お好みだったのだろうか?
私は幼いころ、いとこたちと紫陽花の葉っぱや、花を千切ってきて、よくお飯事を
して遊んでいた。紫陽花の葉っぱは深緑色をしていて、適当に柔らかだったので、お飯事のお皿として十分重宝していた。紫陽花の花を、一つ一つ千切っては、紫陽花の葉っぱのお皿に乗せて、いとこたちと一緒に、ご飯のかわりにして遊んでいた。
実家の坂道の土手に生えていた、紫陽花の茎はまっすぐに伸びないで、それぞれの茎が曲がりながら、南の方向に向かって懸命に伸びていた。そんな紫陽花の姿を小さいころ
から見ていたので、紫陽花の花はまっすぐに地面から、生えるなんて思っても
いなかった。私が故郷の実家を離れて、町に住むようになってから、初めて紫陽花の茎がまっすぐに伸びて、花を咲かせている姿をこの指で確認した。「えっ!!紫陽花の茎ってまっすぐに上に向かって伸びるの?嘘じゃないの?」って、本当にびっくりした。
私には98歳まで長生きしていた、父方の祖母がいた。
祖母の子供は9人いた。私の父が長男だったので私の産まれたときから祖母とは、
実家の家で一緒に暮らしていた。祖母は町に住んでいた叔父や叔母たち、孫たちや
曾孫などが、実家に帰って来ることを、何よりも楽しみにしていた。
それぞれカメラを持ってくるので、祖母はみんなと一緒に写真を写してもらって、いつもご機嫌だった。写真を写すとなると祖母は、髪の毛を整えたり、着物を着替えたり
していた。そんなおしゃれ好きな祖母だった。
祖母は実家に訪れた人たちが帰るころになると、坂道を少し下った場所から、
ひとりひとり手を振って見送っていた。私も実家を離れて暮らすようになって、祖母の
坂道からの見送りを受けるようになった。私はバスの停留所まで付き添ってくれた母に、
「おばあちゃん、まだ見送ってくれているの?」って、尋ねると母は、
「まだ、こっちの方を見て、見送ってくれているよ。」と、教えてくれるので私は、
振り返って実家の坂道の方角に向かって、おもいっきり手を振ってみる。
「おばあちゃんも私に、手を振ってくれているの?」って、母に再び聞いてみると、
「おばあちゃんも一生懸命、こっち向いて手を振ってる、振ってる…。」と、母が祖母の様子を教えてくれた。私はなんだか胸の奥が、ジーンとなって涙が溢れそうになった。
坂道に立って見送ってくれている、祖母のすがたをこの目で、確かめることの出来ない
私のことを、祖母はどんな思いで手を振ってくれていたのだろう?
私の祖母は独身のまま戦争に行って、ニューギニアで戦死した叔父も、あの坂道から
手を振って、見送ったのだろうか?もう、生きて2度と会えない別れだとも
知らずに…。母親として息子の後姿を、どんな思いで見送っていたのだろう?
今は、昔私が産まれ育った実家は、県道沿いに移転してしまったので、私が15歳まで
上り下りした実家の、坂道がどうなっているのか全くわからない。きっと竹の根が
押し寄せてしまったか、雑草茫々になって足の踏み入れることなど、
出来なくなってしまったに違いない。そして、あの綺麗な紫色の紫陽花の花は、どう
なってしまったのだろう?いろんな木や竹の根っこがはびこってきて、ひょっとしたら
今頃あの紫陽花の花は、枯れてしまったかもしれない。
今は亡き祖母が坂道に立って、町に行く私を見送ってくれた祖母との思い出・・・。
いとこたちと紫陽花の葉っぱや花を、千切ってお飯事した幼い頃の思い出・・・。
おばあちゃんっ子だった私の大切な思い出の中に、坂道が北に向かって下に伸びている。
そして、七変化する綺麗な紫の紫陽花の花が、その独特の香りと共に、私の懐かしい
幼い頃の思い出の中に、精一杯曲がった茎のままで、南に向かって大きい紫の花を
咲かせている。
2003/05/緑の眩しい季節/