『石の上にも三年』

 あれは私が悪性リンパ腫になって、2年目の5月ごろのことだったと思う。
「お母さん、ホームページ作ってみないか?」と、息子かが声をかけられた。そのころの私は、まだ外来での抗がん剤治療の途中だったし、ホームページ作成のことなど、
考えるゆとりなどなかった。
 それから何度も息子から、「お母さんが病気だから、ホームページを作成してみれば
退屈しないし、いやなことも考える時間が少なくなるかもしれないよ。もしよかったら
僕が作ってやろうか。」と、言ってくれるので息子にお願いすることにした。
 ホームページを作成するにしても、ホームページのタイトルは、どんなタイトルに
しようか?内容はどんな内容にすればいいのだろう?
なんて私の頭の中で急にあれこれと、いろんな考えが動き始め出した。
 私のハンドルネームが、はるかというなまえだったことと、人が歩む人生が旅路の
ように感じていたこともあって、ホームページのタイトルを、『はるかな旅路』と
名付けることにした。
タイトルは決まったものの、ホームページの内容をどんな風にするのか、私の悩みの
種になっていた。
 トップページの目次には、はるかの自己紹介ページ、心の情景(エッセー)、日記、
悪性リンパ腫の闘病記、掲示板など、はるか自身が無い知恵を絞って考えた。
 私が考えた内容を息子と相談のうえで、各ページの壁紙の色や模様、レイアウトなどの作業を息子に任せて、なんとかホームページらしき形にしてもらった。
 ホームページを開設してからしばらく経って、以前詩吟の趣味をしていたころに、
録音して残っていたはるかの吟声を、息子に編集してもらって詩吟のページも増やして
もらった。時々そんなはるかの下手な吟声を、聞いた人からの感想などが、
掲示板に書き込まれていることもあった。
 私のホームページが開設されてから、もうまる三年の月日が流れて行った。私の
hpを開設したころは、ホームページを見に来てくれる人がいるだろうか?
掲示板に誰かが足跡を残してくれるだろうか?
 『はるかな旅路』の内容が、暗くて難い内容だと思われたりしないだろうか?
視覚障害者でおまけに癌患者の、はるかに興味を抱いてもらえるだろうか?なんて期待と
不安な気持ちで一杯だった。
 ホームページ開設後、その内容はいろいろと変わったが、どれもこれも満足なページに
出来なかった。何度も病院に入退院したり、体調が悪くてホームページの更新も、
思うように捗らなかった。
 ホームページのメインでもある掲示板の、名前を何にしようかといろいろ考えた末、
なんとなく書き込みしてくださるみなさんの心が、ふんわりとして温もりが伝わって
来るような、『ほのぼの掲示板』と名付けた。
 ホームページを開設してから、ほのぼの掲示板へのお祝いメッセージが、
予想していたよりも多くの人たちから、書き込みしていただけたので、
ほっとしたと同時に感激した。
 私はほのぼの掲示板への書き込みに、お一人お一人お返事を書くことが、
毎日の日課となっていった。そのころの私は、今日はどんな人たちとの、出会いが
あるのだろうなんて、毎日心うきうきしながら期待するようになっていた。
ほのぼの掲示板に書き込みしてくださる、人たちとの心の触れ合いが、
日を追うごとに私の励ましとなっていった。
 いつのころからだったか忘れたが、『ほのぼの掲示板』のことを、ほのぼの横町と
名づけてくれる人がいた。
 私がホームページを開設してから、何度か入退院を繰り返していた。私が留守をして
いても、ほのぼの横町の住民のみなさんの誰かが、必ず激励のメッセージを、絶やすことなく書き込みしていてくれた。入院中の私の病室に、息子や娘がほのぼの横町の
みなさんのメッセージを、コピーして持ってきてくれた。そしてみなさんからの、
温もりの感じられる励ましのメッセージを、子供たちが読んで聞かせてくれた。
みなさんお一人お一人のメッセージを聞きながら、私は胸が一杯になって、自然に涙が
零れ落ちていた。
 はるかからのお返事のメッセージが長かったり、内容がいつまでも難いんじゃないかと
三年経った今でも気にしている。でも、ほのぼの横町でのみなさんとの出会いは、
とっても楽しい。いつもどこかに出かけて行って、見たこと、聞いたこと、感じたこと
などの情報を、療養中の私に教えてくれたり、それにいつも病気の私に対する、なぐさめや励ましの言葉をかけてくれたり、何気ない優しい思いやりの気配りを、忘れないで
いてくれる。
  ホームページの内容は、いつも中途半端で、どれもこれも最後まで
完成したことがない。そんな『はるかな旅路』のホームページを、ご来訪くださっているみなさんに、いつも申し訳なく思っている。
 三年前は、ホームページのことなど、全く何もわからなかった。
 あのころは抗がん剤の治療中だったし、毎日戸惑う事ばかりだった。
そんなわたしのために『ホームページ』を、開設してくれた息子に今では感謝している。
 石の上にも3年」という諺がある。癌という病に犯された私の命も、
『はるかな旅路』と共に歩むことが出来た。もし、三年前、息子から声をかけられ
なかったら、今頃もっと寂しい毎日を
送っていたかもしれない。
 これからも『はるかな旅路』をご愛顧くださるみなさんと、いつも一緒に歩んで行け
たら最高にうれしいと思っている。
この先、いつまでも『はるかな旅路』と、癌患者のはるかを暖かく優しく、見守って
下さることを願っている。

2004/しとしとと梅雨の雨が降る6月の頃/