『私はこの世をさすらう旅人』
私は人生というはるかな旅を、旅する旅人です。
私はこの世の柵を、引きずりながらさすらう旅人です。
その旅の途中には、多くの人たちとの出会いと、別れがありました。
その中でも神様との出会いは、私の人生において最高の出会いでした。
私の人生の旅は、笑いがあったり、涙があったりと常に忙しく、
けして退屈することは、ありませんでした。
いつも神様から、試練という重い荷物を、背負わされることも度々でした。
私は神様に背負わされた荷物の重さに耐えかねて、旅の途中で愚痴を言っては、
絶えず自分の境遇を嘆き悲しみました。
「神様、なぜ私だけがこんな目にあうのですか?」って、何度も天に向かって
神様に叫び続けました。
もう一歩も足が前に進まなくなって、立ち往生するばかりでした。
私は進むべき道がわからなくなって、一生懸命道しるべを探し続けていました。
誰にでもあるでしょう。自分の進むべき道を見失ってしまうことが・・・。
そんなとき自分を導いてくれる、道しるべが見つかると、どんなにうれしいでしょう。
わたしの人生の道しるべは、神様から与えられた、聖書からの力強い御言葉でした。
私の心の暗闇を照らす神様からの、明るい光の道しるべでした。
私は自分の力で人生の旅を続けていると、時々錯覚してしまいます。
でも、人間てどんなに頑張っても、自分一人の力だけでは生きていけないということを、
辛い経験を積み重ねるごとに、いやというほど神様から教えられました。
『旅は道づれ世は情け』なんて、昔からすてきな諺がありますよね。
私は今日まで多くの人たちの手に支えられて、人生という旅を続けることが出来ました。
常に変わることのない神様からの、暖かい愛を受けて、いろんな災いから
私を何度も、救ってくださいました。
私が何度も間違った道を歩もうとしても、神様はいつもその優しい右の手で、
私の手をとって正しい道へと、導いてくださいました。
苦難と絶望の中で、もう旅を続けることが出来なくなって座り込んでしまっている私を、
神様はその暖かな背中に背負って、どこまでもどこまでも歩いてくださいました。
私の旅は、はるかな旅路です。
この旅の終わりがいつなのか、旅の終わりがどこなのか、何も分かりません。
旅の終わりがいつなのか、旅の終わりがどこなのか、何も分からないから前に向かって、生きていけるのかもしれません。
私は視覚障害者として、幼いころから手探りの人生を歩んで来ました。
とても中途半端で、全くいい加減な人生だったように感じています。
四年前から私の人生の旅に、『悪性リンパ腫』という病までが加わりました。
これから先、私の人生はどうなるのでしょう?とっても不安です。
でも、私にとってどんな状況の中にあっても、神様は私を見捨てることなく、
絶えず私の傍で、なぐさめてくださることでしょう。
たとえどんな旅の終わりであっても、それまで頑張って生きて行きたいと願っています。
神様はさすらい人の私に『、命』の貴さを教えてくださいました。
そして、視覚障害者で悪性リンパ腫患者である私を、今日まで生かしてくださった
神様に、心から感謝しています。
愚かで弱い私のような者の魂に、限り無い愛を注いでくださいました。
私の命は今、宝石のようにキラキラと輝いています。
そんな私の命の輝きを絶やすことなく、はるかなたびを続けていきたいと願っています。
「神様、!!とても罪深くて弱い私だけれど、私の命が終わる時まで共に、
いつも一緒にいてくださいね。これから先、私の命の終わる時まで、
神様や家族、私を支えてくださっている多くの人たちとの、
楽しい思い出を、いっぱいいっぱい残していきたいから・・・。」
2004/04/桜の花のパワーをもらったある春の朝/