『私とうどんとの初めての出会い』

 あれは何歳の頃だったのか、今となっては、はっきりとした記憶がない。多分私が小学生の頃だったと思う。その日は、どうやら父の付き添いで、私の目の診察を受ける
ために、県立病院の眼科に行ったらしい。近鉄の駅から父と二人で、県立病院まで歩いて行った。病院まで父と何を話したのか、それとも何も話さなかったのかほとんど覚えて
いない。ただ、父が病院に行く途中で、「ここの家に以前、太郎のおじさん(父の弟)が住んでいたんや。」と、たった一言私に教えてくれたことだけは、しっかりと覚えて
いる。
 県立病院の廊下は、とても暗かったように記憶している。廊下側の窓から外を
見ると、中庭のような場所に、犬が二、三、頭ほど遊んでいた。あの犬たちは、病院が飼っているのだろうか?なんて考えながらしばらく眺めていた。ひょっとしてここは、
病院だから実験材料にされてしまうんじゃないの?なんて、小学生だった私の心が急に
暗くなって行った。
 あの日どんな眼科のお医者さんに、診察してもらったのか、私の目の診断が、どんな
結果だったのか、何も記憶の中にない。それなのに中庭にいた犬たちのことだけは、
どういう訳だかはっきりと覚えている。
 そうこうしているうちにお昼の時間になったので、父と二人病院を出て近くの食堂に
行くことになった。その食堂で初めて、『うどん』という麺類を食べることになった。
うどんという食べ物を初めて見た時、えっ!!なんて太い麺なの?これを食べなきゃ
いけないの?って、私は心の中でしばらく躊躇していた。
 なんだか素麺よりもずっと太くって、気持ち悪い麺だなぁって、私とうどんとの
初めての出会いは、あまり印象の良い出会いではなかった。こんな太い麺食べなきゃいけないの?なんだか気がすすまないなぁって思ってしまった。
 あの頃、私の実家では、真夏は冷やし素麺、冬は入麺として、素麺をよく食べていたが
うどんを食べるのは、初めての経験だった。「食べず嫌い」と言われてもしかたがない。
私が育った実家では、『うどん』という麺類を食べたことがなかったからだと思う。
「お父さん、こんな気持ち悪い麺食べたくない。」と、父にはどうしても言えなかった。

 今でもうどんを食べる度に、父に付き添われて県立病院の、眼科の診察に行った日の
ことを、時々思い出している。
父と2人で入った食堂で、私はどんな風にしてうどんをたべたのだろう?
ほとんど残してしまったのだろうか?今となっては、亡くなった父に尋ねることも
出来なくなった。
 私は父と一緒に、何処かに連れて行ってもらった経験が少なかった。父と二人で県立
病院の眼科に行ったことや、お昼に病院の近くの食堂で、うどんを初めて食べた
思い出は、私の遠い記憶の中にはっきりと残っている。

2006/窓から爽やかな秋風が吹いて来た10月のある日の午後/