★☆★ 白血球増多症 ★☆★            

 あれは、今から何年前の出来事だったのでしょう。私は友達と2人で、からおけ喫茶に行った時のことでした。私が歌を歌っている時でした。左胸の奥にある心臓その物に、
なんとも言えない衝撃を感じてびっくりしました。友達に気分が悪くなったので、家に
帰りたいと言ってカラオケ喫茶を後にしました。
 それから数日経ったころ、町の開業医の病院に行って、いろいろと検査してもらい
ました。後日検査の結果を聞きに言ったところ、「血液検査の結果、白血球が20000
にもなっているので、紹介状を書いてあげるから、すぐに県立病院に行って診察を受け
なさい。」と、開業医の先生が私におっしゃいました。
私は紹介状を書いて下さっている先生に、
「私、白血病なんでしょう?私怖い病気なんでしょう?」と、矢継ぎ早に尋ねて
いました。そしたら先生が、
「うるさいよ。ちょっと黙っときなさい。今病院に紹介状を書いているから・・・。」と、叱られてしまいました。
開業医のせんせいに紹介状を書いてもらって、県立奈良病院に診察を受けるため、
後日出かけて行きました。
 県立奈良病院の先生からは、「白血球増多症」と診断されました。
「あなたの血液を作る工場が、異常を起こして不良の白血球が増えています。」との
ことでした。
 その後、通院中に外来で、骨髄生検を受けました。
胸骨から骨髄を採取しようとされましたが、どうしても胸骨からは骨髄を取る事が
できなかったのです。私はめが不自由なのでどのような注射器かみえませんでしたが、
胸骨に注射器を入れられる時の衝撃は、今もはっきり覚えています。
結局、胸骨から骨髄を採取するために2度も麻酔駐車をされました。
 その日、家に帰ってから麻酔が切れるころになると、両方の側胸部の肋間神経が、
痛かったことを今も覚えています。
 骨髄を採取する場所は、成人になると胸骨と、薦骨からしか採取出来ないそうです。
  8月の初旬から2週間ほど、私は検査のために、奈良県立病院に入院しました。
入院してからはそんなに恐ろしい検査もなく、のんびりと入院生活を過ごしていました。
私は入院中に薦骨の場所から、骨髄生検を受けました。胸骨よりもずっと楽でした。
  私はあのころ、自分の病気が、白血病だと思い込んでいました。
主治医の先生も、家族の人たちも私には、本当の病名を言わずに、密かに隠していると
疑っていました。
 白血球は50000まで増えて行きましたが、その後、1000ぐらいずつ毎月の
ように減少して行ったのです。
 県立病院に通院していたのは、2、3年ほどだったでしょうか…。
 今の病気とは、全く無関係かもしれませんが、私にはどうしても、あの時の
「白血球増多症」という症状が、無関係にはおもえないのです。
 やはり私は、どちらにしても、リンパに関係する病気になったのですから・・・。
 それにあの当時、私の骨髄の中で増え続けていた不良のリンパも、2000年に癌に
侵されたリンパも、同じ種類のb型のリンパだったからです。