my last duty


初めてかの娘を目にした時、その澄んだ視線と己の目線が交わった時、眩暈がした。
扉から室内に差し込む光を背に立つ白い服の娘は、あまりにもかの女性に似すぎていた。



叶うことの無い想いに、かの人がひとときの幻を見せてくれたのかと、思った。



「なら、外から回り込もう。待ってろエレナ!」

そう言い残し、赤い鎧を身に付けた青年は銀色の光を零す剣を手に、飛空艇内部へと駆け去って行った。
飛空艇の奥に隠された牢には、閉じ込められたままのマナの娘と、ボガードが残された。


靴底から鈍い震動が伝わり、飛空艇が大地から浮かび上がったことが分かる。
牢の中に設えられた小さな窓からも、流れ去る大気が見えた。
青年が窓の外に辿り着いたとして、娘を無事に逃がすことが出来るだろうか…?
ボガードは眉を顰め、考えを巡らせていた。


「……本当に、申し訳ありません、ボガードさん。」

そんなボガードの様子に、沈黙を破りマナの娘が声を掛けて来た。
その顔からは、先程の再開の瞬間に見せた、輝くような笑顔は消えている。
今の少女の顔に浮かぶのは、自分の為に危険の中へと飛び込んで来たボガード達に対する申し訳なさと、地上を離れた飛空艇から脱出出来るのか、という不安の表情だ。
ボガードはゆっくりと首を横に振り、閉じ込められたままの少女に言った。

「何も謝ることはない。」
「いえ…私の不注意で、デュークにも、あなたにもご迷惑を掛けてしまいました…。」

娘は牢の中で項垂れる。
その細い肩に背負う使命の重さを知るボガードは、一瞬掛ける言葉を失い、剣の柄を握り締めた。



――私を守るために、あなたは居るのだと言って下さいます。

   しかし、私は、その恩義に応えられるほどのことを成し得るのでしょうか――



かの人は、かつてそんなことを言っていた。哀しい程に儚い笑みを浮かべながら。
その姿と、今目の前で俯き沈んだ表情を見せる少女とが重なる。
あの時、自分はかの人に何と声を掛けたのだろう――。
封印したはずの記憶の底から、ゆっくりと言葉を手繰り寄せ、ボガードは言った。

「マナの種を守るのが、ジェマの騎士の務め。……我らのことは、そなたが気に病むことではない。
 そなたは、己の成し得ることを成せば良い。」

そうだ、あの時もこんな言葉を掛けたのだった。
するとかの人は、その顔の憂いを消し去り、花のように微笑んで言ったのだ。

「……ありがとうございます。ボガードさん……。」

現実の存在であるマナの娘が、ボガードに微笑みかける。
その声が、その笑顔が、記憶の中のかの人の声と重なり合い、ボガードの鼓動が跳ね上がる。
かつての自分と同じように、現実のボガードもマナの娘から目を逸らし、そっと瞼を閉じた。



かつて、ジェマの騎士として聖剣を振るい、戦ったのは世界を救うためではない。
ただ、守りたいと想う人が居たから。
それが叶わぬ想いであったとしても、己の全てを賭してでも守りたかった。

本当に、ただ、それだけだったのだ。



ボガードはひとつ溜め息を吐き、牢の窓から外を望む少女を見遣る。
かの人の忘れ形見であるマナの娘――
ジェマの騎士として、あの時果たせなかった使命を、今度は達成しなければ――。
自分がかつて味わった痛みを、悲しみを、この少女や今頃飛空艇内を駆けている青年には与えたくはない。
きっとそれは、マナの聖地で眠るかの人の望みでもあるだろう。


――悲しみの歳月を重ねるのは、自分だけで十分だ。

   あなたの忘れ形見にまで、辛い決断をさせるような真似はすまい――


ボガードは遠い聖域で静かに眠るであろうかの人に語りかける。
すると、その声が聞こえたかのように、マナの娘がくるりとこちらを見た。
そして、ふと思い出したかのように問いかけを口にした。
「ボガードさん。ボガードさんはジェマの騎士として母と共に戦ったのだと聞きます。
 ――教えて下さい、母は、どんな人だったのでしょう?」

幼い頃に別れたのでよく覚えていないのです、と娘ははにかみながら言葉を継ぎ足す。
その顔を見て、ボガードはほんの少し、表情を緩めた。

「……気高く、気丈で、いつも希望を忘れない人だった。
 彼女の語りかける声には光が宿り、聞く者の心に希望の灯火を与えてくれた。
 傷ついた者には癒しの力と励ましの言葉を与えてくれた。
 ……辛い戦いだったが、皆が最後まで戦い抜けたのは、彼女が居たからだ…。」

ボガードの脳裏に、色鮮やかにかの人の姿が思い浮かぶ。

緩やかに波打つ金の髪と、純白の衣を靡かせるその姿が、どれ程ジェマの騎士たちの心の支えであったことか。
しかし、ボガードは気付いていた。
誇り高き白百合の人と称されたかの人の笑顔には、常に影があったことを。
その時は何故、どうして憂いを拭えないのかが分からなかった。
しかし今なら分かる。かの人は己の行く末を知っていたのだ。
他人に光を与えるために、己の差し出す代償が分かっていたのだ。

「……そなたは、彼女によく似ておるよ。」

ボガードは、ぽつりとそう付け足した。
目の前の少女は、恐らく己に課せられた使命の全てを理解しているわけでは無いだろう。
だからこそ、それを知らずに済むように、かの人と同じ選択をすることの無いように守ること――それが、かの人の為に出来る、ジェマの騎士としての最後の務めだろう。

そんなボガードの密かな決意を知らぬマナの娘は、ボガードの言葉を聞いて、かの人がかつてボガードに見せたものとそっくりな、花のような微笑みを浮かべたのだった。



―――――――――――――――――――――――――

ボガードがヒロインに寄せて思うこと。
個人的にFF外伝ではボガード≠ヒロインの父派です。

2005/11/03


* BACK *