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For my obligation, my desire


バンドール帝国の最後の希望……

この高度な文明を……絶やしてはならない……


「我が子孫と、バンドールに、栄光あれ!」


……どうか、どうか生き延びて……




「っ!」

私はその瞬間、寝台から勢いよく起き上がった。知らず伸ばした手の先に、触れるものは何も無い。
私は苦々しい思いを飲み下し、息を吐いた。

何度も何度も、幼い頃から繰り返し見続けている夢。いや、あれは夢ではない。すべてが遠い記憶のかけらだろう。
だろう、という推定の域を出ないのは、あの頃の記憶がすべて、私の脳裏で霞がかかったように不確かなものだからだ。
少しでも長く命を永らえさせようと、氷の洞窟奥深くで仮死状態にされていた反動か、グランス公国の王子に拾われる以前の記憶は私にとっては近いようで遠く、それが真のものなのかすらも定かではなかった。
しかし、かの語り掛けは私の中で繰り返され、心の奥底で澱んだ気持ちを生み出し続ける。



私は、バンドール帝国最後の希望。

私の使命は、バンドール帝国の再興。



幼い頃から、私の中で繰り返されてきた言葉。
この言葉が、意思が、私自身の望むところであるのかどうかは、もう随分前に分からなくなってしまった。
それでも私は、私自身の心を殺してでもこの使命を成し遂げなければならない。


脳裏に焼きつく膨大な記憶の本流も、この身に宿る魔道の力も、すべてはそのためにある。
私に与えられたものでありながら、私自身のためにあるものではない。
私が今生きる理由、私が生かされた理由は、そのためなのだから。



私のすがりつくものは、これしかないのだ。




「……今日はやけに不機嫌だな、魔道師殿。」

毎朝行われる謁見の儀が終わり、大多数の者が退出した後。いつもと変わらない重苦しい沈黙を破り、黒曜石の玉座に腰掛けたこの国の主が声を掛けてきた。無造作に伸ばされたままの翡翠の色をした髪の隙間から、珍しくからかうような視線を投げかけて来る。他人にも、自分にさえも無関心なはずの我が主君殿が、人の気持ちを察するとは珍しい。
それ以上に、私はあまり表情が表に出る方では無いはずなのだが……すべてはあの記憶のせいだろうか。
内心、ひとつため息を吐きながらも私はそ知らぬ振りをした。

「特に、そんなことはございません。
 ……いえ、強いて言うなら先程の財務大臣の発言が気に食わなかっただけです。」

そんな私の言葉を聞き、つまらんと言いたげにこちらを見やる。
その視線にも動じないで“他に、何か?”と視線で問い返せば、またいつもの感情の読めない声の調子で返事が返って来た。

「あれは、確かに気に入らないな。ジュリアス、適当に処分しておけ。」
「かしこまりました。」

処分、という言葉が意味することを考え、即座に私は後任に相応しい者を幾人か思い浮かべる。
この国ではすべてが王であるシャドウナイトの気持ち次第で動く。
邪魔にならず、主張を述べず、ただ王の意向を察し言われたことを忠実に行う者だけが生き延びられる世界。


その輪の中に生きる私は、果たして“忠実な僕”として見られているのだろうか。


私もこの黒衣の騎士に救われてからは、真意を胸中の奥底に沈め、持てる知識をこの国のために捧げて来た。
私を拾い、養ってくれた恩義も十分感じている。
苛烈で横暴で複雑で気分屋なこの王を、国の中で最も理解しているのは私だという自負もある。




私がまだ年若い頃、気紛れに彼は私の部屋を訪れ、何をするのでもなく一日窓際の椅子に腰掛けていることがあった。
最初は、普段血生臭い世界に生きる者特有の気配に私は馴染むことが出来ず、彼の発する陰鬱な沈黙もまた居心地悪く思えたが、いつしかそれも感じなくなった。
それだけではなく、彼の沈黙からその心を少しずつ感じ取るようになっていた。
私は普段通りバンドールの書物を読み解き、様々な仕掛けを作ってはそこに魔術を吹き込む作業に没頭した。そしてその間も部屋の片隅に潜む影の気配を感じ、“何か”を求め当てもなく彷徨い続けるかの人の心をも読み解き続けた。

欲し、求め、飢えを叫び続ける孤独な魂。

あまりに深い闇に封じ込められたその気持ちは、当の本人ですら正体を見定めることが出来ないようだった。
そんな彼の心の闇を、私は幾度も覗き込んだ。人の心を操る術に長けた私ではあるが、彼の心に入り込むのは容易いものではなかった。それでも進入することが出来たのは、かの人と私の心が似ていたからに他ならない。
幾重もの暗いベールに包み隠された、闇の迷宮。

しかし、彼と私の心の闇には決定的な違いがある。


彼の闇は、彼自身知らない間に身に着けたもの。

私の闇は、私自身が望んで身に着けたもの。


そんな私の進入に、彼は気付いていたのだろうか。




このグランス城で過ごす期間が長くなるに従って、私は我々の意思疎通には言葉はさほど必要な物ではないことに気がついた。
私も彼も、元々多くを語る方ではない。他者との関わりは不要なものであり、孤独の闇に慣れ親しんでいるからだ。
しかし私だけは密かに気がついた。口数こそ少ないが、我が主君殿は意外に雄弁なのだと。
その言葉の行く先が、他者に対してではなく、どこかにあるはずの“何か”に向けられているだけなのだ。



彼は、彼の求める“何か”を掌中に収めるために手段を選ばなかった。
自分の親である前グランス公国王を殺害したのもそのためだろう。シャドウナイトが王位に就くことは私に取っても好都合だった。彼は何の迷いも無く私を側近として重用してくれた。そのお陰で、私は何の疑いも持たれることなく、密かにバンドール帝国の再興に向け動き出せた。



かつてバンドール帝国が世界を掌握出来たのは、世界の中心にあるマナの樹に触れ、その無限の力を己が物と出来たからに他ならない。
しかしそのマナの樹を守護する役目を果たすと言われる『マナのたね』と呼ばれる者と、そのマナのたねを守る『ジェマの騎士』が、マナの力を吸収したバンドール皇帝を打ち破った。
その結果、マナを用いることで繁栄したバンドール帝国は、その力を失い瞬く間に滅亡に追いやられる結果となった。
様々な建造物も、マナを用いた技術も、魔術も、すべてが負の遺産とされ、徹底的に破壊しつくされた。
燃えさかる炎の中、壊れた城壁の中を逃げ惑う人々の群れ。そこらじゅうで聞こえる悲鳴。
私は誰かの腕に抱かれ、暗い隠し通路に逃げ込んだ……



再度この手にマナの力を得るためには、まずはマナの樹のあるイルージア山の頂へと辿り着かなければならない。
イルージア山へと繋がる道の封印は新たな『マナのたね』が持っている。
私は世界中に散らばるバンドール帝国の遺産を探し集める傍ら、封印の鍵を持つ者を探し続けた。
その姿は今だ捉えることは出来ないが、その時が近いことはこの身に流れるバンドールの血が教えてくれている。



その時、私はシャドウナイトを裏切ることになるだろう。

彼と、私の歩む道は、同じではない。





「この巨大な船が、宙に浮くというのか……。」

理解出来ない、といった口調でシャドウナイトが感想を口にした。
名目上はグランスの世界征服のためという理由で、彼が王位に就いてすぐに、私はバンドールの最高傑作とも言える飛空挺の建造を進言した。
この世界には今は存在しない、天かける巨大戦艦。
その話は魔法や技術には普段興味を示さない彼ですら、固唾を呑んで聞き入り、すぐに建造を私に命じたものだ。
長い時間がかかったが、私の指揮の元、完成も間近に迫っている。

「この船でならば、一度に多くの兵士を他国へ直接送り込むことが出来ます。
 それだけではなく、上空から爆薬を落とすことで、兵力を失うことなく制圧することも可能でしょう。」
「なるほど。さすがかつて世界を掌握したバンドールの技術だな。」

淡々とした説明に対し、彼は鼻で笑い返事を返す。
飛び立つ時を待つ船を見上げるその顔は、ふわりと風に舞った翡翠色の髪に隠されこちらからは見えない。

不意に、背を向けたまま王が呟いた。

「お前の、求めるものは何だ、ジュリアス?」
「……私の、求めるもの……。」



私の使命は、バンドール帝国の再興。

私が今生きる理由、私が生かされた理由は――――



私の、私自身の、求めるものは?




「……まあ、良い。」

少しの沈黙の後、何故か自嘲した様子で彼はそう言った。
そして城へ戻る、と踵を返した。

「陛下。」
「お前は、私の求むものを与えてくれる。そうだな?」
「……ご期待に副えるよう、努力致します。」

その言葉に満足したのか、ほんの一瞬だけ、影の騎士の心から渇望の叫び声が止んだ気がした。



孤独な闇に生きるグランス王の求めるものは、一体何なのだろう。

彼は私が、それを与えてくれると思っているのだろうか。


例え、今までの恩を仇で返す結果になろうとも、
私は、私自身の心を殺してでも、与えられた使命を成し遂げなければならないのに――。



私は、バンドール帝国最後の希望。

私の使命は、バンドール帝国の再興。





その時は、もうすぐ訪れる。



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サイト4周年記念で頂いたリクエスト「シャドウナイトとジュリアス」です。
シャドウナイトとジュリアス、というよりジュリアス一人語りになってしまいました…。
ジュリアスは意外に迷ったと思うんですよ。シャドウナイトを裏切るか否か。
私的解釈としてのジュリアスの“reason”は何だったのか。というのがテーマでした。

リクエスト下さったタロウ様、遅くなりましたが、ありがとうございました!
2007/09/30


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