何のために戦う?

誰のために戦う?



その答えは、まだ、僕には見えない―――







【 reason. 】





【第一章】



01.

世界の北に位置する小国・グランス公国が、武力を持って世界を統一しようと乗り出して数年が経つ。
バンドール帝国が崩壊してからというもの、平和に慣れた今の世で、グランス公国の力に敵う武力を持ち合わせた国は無く、着々とグランス公国はその勢力を広げつつあった。
いくつもの村や町が襲われ、その姿を消していった。
かつてバンドール帝国に対抗し、世界を平和へと導いた"ジェマの騎士"――その姿は、今は無い。
昔語りに語られるだけとなってしまった救世主の再来を人々は願いつつ、グランスの進攻に怯えていた。




「相変わらず卒なく仕留めるな、デューク。」
「こう毎日のように戦わされてたら、嫌でも卒なくなるだけさ。」

ジャッカルのツメが当たった腕を手近な布で止血しながら、デュークは奴隷仲間に答える。

ここはグランス公国の、闘技場。
公国王・シャドウナイトの娯楽の為だけに、モンスター達との戦いを余儀なくされている奴隷剣士達が詰め込まれている牢だ。 彼らはその日を生き延びる為に命がけでモンスターと戦い、勝つことで得られる僅かな食料で命を繋いでいる。
しかし度重なる戦いによる負傷や疲労で、多くの者が命を失っていく場所でもある。
大抵の者は一月も経たないうちに死んでいく。
一月過ぎればすでに大半の顔が新しいものとなっているこの場所では、デュークは古参と言える存在だった。



彼―――デュークはこのグランス城からそう遠くない場所に位置する集落に住む、ごく普通の青年だった。
その生活が一変したのは半年程前のこと。
グランス公国に仇なす者が居る、という名目で突然公国軍が村を襲撃してきたのだ。
家々には火が放たれ、女子どもは成す術もなく悲鳴を上げ逃げ惑う。
デュークは村を守ろうと剣を手にし、友人達と共に公国軍と戦った。
普段から自衛の為、多少は鍛えては居たものの、付け焼刃の剣術ではきちんとした訓練を受けた兵士に敵うわけもなく―――あっという間に友人達は無残に切り殺されていった。
デュークは何とか兵士達の囲みを掻い潜り、総大将らしき黒い鎧を纏った騎士へ切りかかったものの、一刀の元に切り伏せられ、意識を取り戻した時にはこの闘技場内の牢に居たのだった。

そうやって、奴隷剣士としての悪夢のような日々が始まった。粗末な鎧と盾。そして兵達の使い古しなのであろう、刃こぼれした剣が与えられ、命がけでモンスターと戦う毎日。
その中で彼は、あの日切りかかった黒い鎧の騎士こそが、このグランス公国の王、シャドウナイトであると知った。
デュークの住む集落を襲ったのは、公国への反逆者が居るなどということではなく、シャドウナイトの全くの気まぐれ、娯楽であったのだ、とも。

このことを知ってから、デュークは生きることに一層の執着を持つようになった。

こんな所で、こんな馬鹿げた理由で、死ぬわけにはいかない。
仇討ち、などという立派な名目のためではなく。

ただ、あの黒い騎士の玩具として死ぬことだけは、嫌だった。



「お疲れ、デューク。」
背後から柔らかい声がかけられる。振り返るとそこには、赤い髪をした女が立っていた。
「アマンダ…。」
彼女の名はアマンダ。3ヶ月程前にここに連れて来られた、唯一の女奴隷だ。
男ばかりのこの牢で、来た当初はどうなることかと思われたが、気性の強さと確かなナイフ投げの腕前で、手を出そうとした奴隷は逆に痛い目に合わされ、今では誰も彼女に手をあげることはない。
彼女の明るい笑顔と希望を忘れない言葉は、この牢における唯一の光とも言えた。

「お疲れのところ悪いんだけどさ…。」
「どうしたんだ、アマンダらしくもない。…まさか!?」
口篭もるアマンダにデュークは問い掛けるが、その曇った表情を見て、奥の部屋へと駆け込んだ。

そこに寝かされているのはウィリーという青年。
ウィリーはデュークと同じ頃にここへ連れて来られた、数少ない古参メンバーのひとりだ。
そんな彼は、先日、モンスターとの戦いの際に大怪我を負い、一進一退の容態が続いていた。

「ウィリー、しっかりしろ!」
「……、……デューク、か…今日も生き延びたんだな…。良かった…。」
デュークの呼びかけにウィリーはうっすらと目を開けた。
しかしその顔からは血の気が引き、触れた手はひやりと冷たい。逆に傷口だけが燃えるように熱を帯びている。

死が、彼を呼んでいる。

何度も死にゆく者を見てきた経験から、ウィリーにもその時が間近に迫っていることは良く分かった。
恐らくアマンダも、それを悟ったから、一番仲の良いデュークを呼びに来たのだろう。

「…デューク、」
「どうした、ウィリー。」
「…お前なら、信頼出来る…。俺の話を、よく聞いて欲しい…。」

何も言えないで居るデュークに、不意にウィリーは話し出した。
その目は何時に無く切実で、デュークは一言も聞き漏らすまいと身を乗り出した。

恐らく、これがウィリーの遺言となるであろうからだ。

「今、マナの樹に危機が迫っている…。」
「マナの樹?何なんだ、それは?」
「…イルージアの山の頂上に祭られている樹だ。その樹がこの世界を支えている…。」

樹が世界を支える?
ウィリーの口から語られる、御伽話としか思えない言葉。
しかし、ウィリーが今この状況で冗談を言うとも思えず、デュークはただ神妙に、ウィリーの言葉に耳を傾けた。

「その、マナの樹を…グランスが、シャドウナイトが狙っている。世界を支える樹をグランスが手に入れれば…世界は……、…。」
「ウィリー、もういい、無理に話すな!」
「今お前に伝えなければ…、」

ぐっと、デュークの手を握り、苦しそうに息を吐き出しながらウィリーは続ける。

「いいか、デューク、この…城を抜け出せ。そして……、滝の小屋に住む、ボガードに会うんだ…。マナの樹を守る為…には、ジェマの騎士の力が必要だ…。…、彼なら…ボガードなら……。」

そこまで言うと、デュークの手を握る力がふっ、と抜けた。

「ウィリー?おい、しっかりしろ、ウィリー!」
「……デューク、頼んだぞ…。お前になら、出来るさ…。」

そう言って、薄く微笑むと、ウィリーはゆっくりと瞼を閉じた。



ウィリーの体から熱が消えてゆく。





デュークは、ウィリーの手を握り締めたまま、声を殺して泣いた。



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