その夜、デュークは眠れぬままぼんやりと虚空に目を泳がせていた。
ウィリーが最後に自分に告げた言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。

世界を支えるというマナの樹―――。
グランスの、シャドウナイトの世界征服が迫っているという事実―――。
ボガードという男―――。
そして、"ジェマの騎士"―――。

「信じられない、よな……。」
ぽつり、とデュークはひとり呟く。
しかし、それは親友とも言える男の遺言。ウィリーが自分を信頼出来る、と信じて遺した言葉だ。
絵空事だ、死にゆく者の妄言だ、そんな言葉で片付けられるものではない。
どのみち、ここに居てもいつかはウィリーのように死んでゆくだけだ。
ならば、自分がすべきことはただひとつ。



「…ウィリー、お前の最後の願い、必ず果たすよ…。」







「今日、ここを抜ける。皆には迷惑を掛けるかもしれないが……。」

翌朝。見張りの兵が居なくなった隙に、デュークは牢の奴隷仲間たちにそう打ち明けた。
脱走者が出れば、同じ牢に居る他の者にも嫌疑がかかるのは目に見えている。
実際、この闘技場では、脱走者はしばしば出る。しかし誰一人として成功したものは居ない。途中で切り殺されるか、捕まって拷問の果てに命を散らすか、そのどちらかだ。
そして脱走者の出た牢に居る奴隷たちは、共犯を疑われ平時より酷い待遇となるのが常だった。

「……止めとけ、と言っても無駄なんだろうな…。」
しばしの沈黙の後、ひとりの男がそう言った。それはこの牢に居る奴隷全員を代表しての言葉だった。
デュークはその男を真っ直ぐに見据え、頷いた。
「すまない。でも、僕は行かなければ。」
「ウィリーのためか？」
「……ああ。あいつの遺言を、無駄にするわけにはいかない。」
「そっか。なら、俺はもう何も言わねえ。お前にもウィリーにも随分世話になったからな。頑張れよ。」
男はバン、とデュークの肩を叩き、その場を後にした。
黙って話を聞いていた他の奴隷たちも、思い思いの言葉をデュークにかけ、それぞれの試合に備え始めた。
アマンダだけが、その場に残った。

「デューク……あんた、正気かい？ここを抜けるなんて。」
「ああ。確か闘技場のモンスター入場ゲートが外へ通じてるはずだ。今日の戦いの後、隙を付いて抜ける。」
デュークの瞳に迷いが無いことを見て取り、アマンダは溜め息を吐いた。
「本気なんだね。じゃあ、もうあたいも何も言わないよ。ウィリーのことは残念だったけど…ここに居たら、このままじゃ、あたいたちもウィリーみたく死んじゃうよね…。出来ることなら、ジャドに居る弟に、もう一度会いたかったよ。」
「アマンダ…。」

アマンダの弟の話は、何度も聞いていた。確か、レスターという名前の吟遊詩人。
余程可愛がっていたのだろう。弟の話をする時のアマンダは、いつもしあわせそうだった。

「デューク、出番だそうだぜ。」
「わかった。今行く。」

奴隷仲間が順番を告げる。デュークは返事を返し、壁に立てかけていた盾と剣を手にした。
「…じゃあ。アマンダも、元気で。」
「デューク……成功を、祈ってるよ。」
微笑みかけるデュークの肩に、アマンダは手を置く。



そして祈りを込めて、彼の頬にそっと唇を落とした。





いつものようにゲートをくぐり、剣と盾を構える。
闘技場にはグランスの公国兵たちが詰め掛け、奴隷とモンスターの戦いに歓声と罵声を上げている。
正面の赤い天蓋の付いた観覧席が、シャドウナイトの席だ。
デュークは目を凝らして見るが、その席にかの黒い騎士が居るかは判断出来なかった。

ひとつ大きく息を吐き、剣を構える。
そして、いつものように試合開始の声が上がる。


「さあ、戦え奴隷ども！シャドウナイト様に最高のショウを見せるのだ！」





→NEXT
→backstage



* BACK *