06.
「大きくなりましたね、エレナ。」
「……お母さん……」
エレナの呼びかけに、女性の像は目を細め、愛おしげに微笑んだ。
「おお…あれは、バンドールとの戦いの際、皆に勇気と希望を与えてくれた女性ではないか…!」
デュークの隣で様子を伺っていたシーバが、声を震わせて呟く。
確かに目の前でエレナに微笑みかける女性の姿は、エレナに良く似ていた。
白い百合の花冠の下、緩やかに波打つ髪はエレナと同じ金の光。
柔らかな笑みを浮かべる顔立ちからも、二人が血縁であろうことを容易に想像させる。
そして何よりも二人に共通する、たおやかでありながら、どこか凛としたものを感じさせるその雰囲気が、エレナと女性の関係を強く物語っていた。
「あれが、エレナの母さんなのか……?」
母の幻影は、ゆっくりと娘に近づき、その頬を撫でた。
母の指は決してエレナに触れることは無かったが、エレナには遠く懐かしい母の温もりが感じられた。
「エレナ、今からあなたに大事なことを言い渡します。よく聞きなさい。
――わたしと、娘であるあなたは、マナの一族であります。」
「マナの、一族?」
聞きなれない単語を、エレナは復唱する。母は少し寂しげに、頷いた。
「そう。あなたも私も、マナの樹から生まれた"マナのたね"。
……それは、マナの樹が邪悪に染まらぬよう、守る使命を背負っています。
かつて、バンドールはマナを悪用し、世界の平和を脅かしました。
だから、私はマナの樹に誰も近づけぬよう、ペンダントで封印を施したのです。」
母の言葉に、エレナははっと胸に光るペンダントを握り締めた。
「そのペンダントの封印が解けない限り、誰もマナの樹に近づくことは叶いません。
しかし、あなたも知っての通り、グランスが同じ過ちを繰り返そうとしています。
……エレナ。ジェマの騎士の助けを得て、絶対に、グランスをマナの樹に近づけてはなりません。」
「……それが、私の使命、なのですね……。」
エレナは、母の像を見上げて搾り出すように言葉を発した。
初めて知る自分の使命。突然舞い込んだ、その事の重大さに、今にも押し潰されそうだった。
誰かに代わって貰えるものでもない、放り出すわけにも行かない、母と、娘の自分に圧し掛かる宿命とも言えるもの。
エレナの心中を察した母は、そっと娘の両肩に手を置いた。
仄かに透けた、実在のものではない手から、エレナの体にほんのりと温もりが伝わる。
「エレナ。愛する私の娘。あなたにならば出来ると、私は信じています。
……あなたに、マナの加護がありますように。
そしてあなたが出会う、あなたのジェマの騎士にも……。」
母はそう言い、娘の髪にそっと口づけを落とした。
そして名残惜しそうにエレナから離れると、再び魔法陣から淡い光が溢れた。
魔法陣の光に、母の幻影はゆっくりと溶け込んでいく。
母の像が消えた後には、一輪の白百合が残されていた。
「お母さん……。」
エレナはその花を拾い上げた。
消えた母の像が残した言葉だけが、心の中で繰り返されていた。
大きな使命を背負う母と娘の、厳粛で、どこか胸の痛む再会に立会い、圧倒されていたデュークは、しばしの後に我を取り戻した。
隣に居るシーバは今だ手を胸の前で組んだまま、幻影の消えた空間を見つめつづけていた。
彼の目には、かつて共に戦った仲間であるエレナの母が、自分以上に重い存在として残っているのだろう。
「エレナ……。」
魔法陣の中に今だ立ち尽くす、エレナにデュークが話し掛けようとした、その時だった。
激しい爆撃音と、地揺れがウェンデルの地に襲い掛かった。
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