07.
「な、なんじゃ!?」
突然の爆音に、我に返ったシーバは慌てて窓の外を覗き込んだ。
バタバタと激しい足音が、回廊から飛び込んできた。数名の男が聖堂内に走り込む。
「シーバ様!大変です、グ、グランス兵が空飛ぶ船で攻め入ってきました!!」
長い回廊を全力で走ってきたのであろう、息も荒く聖堂の床にへたり込んだ男がシーバに報告する。
「空飛ぶ船じゃと!?バカな!……あれは、…!」
大賢者は信じられないといった表情を表にするが、実際窓の端から巨大な船が宙空に浮かぶのが見えた。
空飛ぶ船、飛空艇。
それはかつてバンドール帝国の最新鋭の技術として発明され、世界侵略の際には恐ろしい兵器として用いられた。
しかしバンドールの滅亡と共に、その技術は失われた。
その後、グランスがバンドールの遺跡から技術復興の研究を始め、最近開発に成功したという噂はシーバの耳に届いては居たが、すでに実戦段階にまで実用化が進んでいるとは全くの予想外であった。
デュークはまた足元のおぼつかないエレナを支えつつ、シーバ達の様子を見守っていた。
そこへふと、赤い旅人帽の男が現れた。
「ああ、来てくれたのか!」
デュークは嬉しそうに声を上げた。男は軽く頷いて言った。
「……街にはモンスターも現れ出した。グランス軍が連れ込んだようだ。
女子どもは皆、近くの森の洞窟へ避難し始めている。
エレナ、あんたも避難した方がいい。」
「わ、分かりました!」
案内する、と言う旅の男に手を引かれ、エレナは数名の聖堂の男たちに守られるようにして慌しく聖堂を後にした。
「デューク、エレナはどこへ?」
旅の男とエレナ達が聖堂から出て行った後、対策を講じていたシーバが声を掛けた。
「街の女性や子ども達が避難しているという洞窟へ、聖堂の人と一緒に……。」
「……何か変じゃな。
あの男たち、確かにここの服を着ては居たが見慣れぬ顔じゃったような…。」
シーバのその言葉に、デュークの背に悪寒が走った。
心臓が早鐘のように鳴り出す。
鳴り響くのは、警鐘の音。
「……後を追います!」
デュークは言い捨て、激しい靴音を響かせて白い回廊へ走り出した。
走るデュークの脳裏に、旅の男の端正な口元に浮かぶ笑みが映る。
何か、思い出せそうだ…あの男は、前に、どこかで…?
回廊を抜けると、ウェンデルの街の異変が明らかになってきた。
そこかしこから立ち上る煙、激しい剣戟音、怒号に悲鳴。
デュークの頭に、忘れることの出来ない過去の記憶が蘇る。
……ああ、集落が襲われた時に、良く似ている……。
平凡な、しかし平和な日常が一瞬にして崩れ去ったあの日の光景を思い出し、眩暈がした。
しかし今、過去の感傷に浸っている時間は無い。
デュークはひとつ深呼吸をし、心を静めて再び走り出した。
大聖堂の入口では、聖堂の警護に当たっていた者が何名も血を流し、息絶えていた。
その中に一人だけ、辛うじて生きている男をデュークは見つけた。
放っておけばこの男も死んでしまう――
一刻を争う時だが、見殺しにも出来ず、デュークは立ち止まり手持ちの薬を男に飲ませてやった。
「大丈夫か?さあ、これを……。」
薬瓶を口元へ添えると、男は弱々しくも何とか液体を飲み下した。
微弱ながらも魔力の込められた薬はすぐに効力を現し、男の顔に生気が蘇ってきた。
「あ……ありがとう、助かった…。あいつだ、あの男が……。」
「あの男?」
「後ろから、不意を突かれたんだ……。」
手早く止血をし終え、デュークはじきにシーバがやってくるだろうからこの場を離れぬように、と男に指示し、街へと足を進めた。
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