08.
ウェンデルの街中には、聖堂へ知らせに来た者の言葉通り、モンスターが徘徊していた。
つい先程までは騒乱の影も形も見えなかった聖都が、今は恐怖と混乱に支配されている。
デュークは襲い来るモンスター達をなぎ倒しながら、ひたすら少女の影を捜し求めた。
「白い服の金髪の娘と赤い帽子の男?さっき南門の方へ走って行ったような……。」
モンスターに襲われていた街の住人を助けた際に得た情報を頼りに、デュークはウェンデルの玄関口である南門へと走った。
普段なら慣れてしまってすでに重さを意識することも無い鎧が、今はやけに重く感じる。
流れる汗に、焦燥感が絡んで落ちる。
走り続け、やっと辿り着いた石造りの城壁。
そこには、崩れた壁の隙間から黒煙が煙る中、開かれた門を背に立つ旅の男の姿があった。
「エレナは……?」
デュークは荒い息を吐き出しながら、男に問い掛けた。
すると、男は旅人帽の鍔に手をやり、くくっと笑いを噛み殺した。
「…何が、おかしい?」
「おめでたい男だと思ってな……まだ、気付かぬか。」
旅の男は形良い薄い唇に侮蔑の笑みを浮かべ、こちらへ数歩、歩み寄った。
そして赤い旅人帽を少し持ち上げ、正面からデュークを見据えた。
その視線は、見覚えのある氷の鋭さと冷たさを孕んでデュークを射抜いた。
「ま、まさか、お前は…!?」
デュークがそう洩らした瞬間、眼前の男の姿がゆらぐ。赤い炎から、青い炎へ―――。
陽炎のように旅の男は姿を変え、今デュークの前に立つのは、紫のローブを身に纏う、シャドウナイトの若き腹心。
「ジュリアス!……何故だ、さっきは俺を助けたのに!」
愕然としつつ、デュークは震える声で叫んだ。
ジュリアスはデュークの怒りをさらりと受け流し、切れ長の目を細めて言った。
「私の術も、完全なものではない。
先程の大聖堂での儀式――あれを見るまで、私もあの娘がマナの一族であるという確証が持てなかったからな。
だから今までは身を隠し……あの娘を守らねばならなかった。
しかし、マナの一族と分かった今、娘はグランスのものだ!」
「エレナ!」
デュークは持てる力の全てを込め、目の前の魔道師に切りかかった。
しかし、剣の切先は男に届くことは無く――不意に視界に広がった青い炎にデュークの体は跳ね飛ばされた。
弾かれた剣は大きく弧を描き、地面に突き刺さる。
「口ほどにも無い。私の術を甘く見るな。」
眼下に倒れ臥すデュークに一瞥し、ジュリアスの姿は消えた。
「ちくしょう……。」
魔道師が姿を消すのと共に、デュークは意識を手放した。
気付いた時には、デュークの体は再び大聖堂の中にあった。
「気がついたか。」
シーバがほっとした様子で顔を覗き込む。
どれ程の時間があの瞬間から過ぎたのだろう…
そう考えながら、簡素な寝台から身を起こすと、あちこちに痛みが走った。
しかし起き上がれなくは無さそうだ。恐らく、シーバが癒しの術をかけてくれたのだろう。
鎧や盾も、多少焦げや黒ずみが残るが、補修と手入れがなされた状態で傍に置いてあった。
「シーバ、エレナが……。」
「言わずとも分かっておる。ジュリアスの魔法にも屈しないとは、立派だったな。」
「……そんなこと、ありません……。」
デュークはぐっと、拳を握り締めて言った。
エレナをみすみすグランスの手に渡してしまったこと。
一度助けてくれたと言うだけで、旅の男をあっさりと信用してしまったこと。
剣奴の頃よりはずっと自分の力は上がっていると思っていたのに、ジュリアスの圧倒的な魔力の前では成す術もなかったこと。
たくさんの悔しさと、後悔がデュークの中で渦を巻く。
「…エレナを乗せたジュリアスの飛空艇は、西へ向かったそうじゃ。」
シーバの言葉に、デュークははっと顔を上げた。
このまま、エレナを見捨てるわけには行かない。
彼女を助け出し、守ることがウィリーの遺言を守ることにも繋がるはずだ。
何よりも、自分を頼ってくれていた彼女を、今のままでは裏切ったことになる。
デュークは寝台から足を下ろし、立ち上がった。そして傍に置かれていた剣を手にした。
「シーバ、俺、奴を……ジュリアスを追います。」
そう言ったデュークの目には、新たな光が宿っていた。
シーバは立ち上がったデュークの顔を見て、ゆっくりと頷いた。
「そうか。……少し、待っていなさい。」
そう言い、大賢者は部屋から出て行った。
しばしの後、部屋に戻ってきたシーバの手には、一冊の本があった。
「これを、持って行きなさい。体の調子が悪い時に良く効く魔法を身に付けることが出来る。」
「ありがとう。必ず、エレナを助けて戻ります。」
「……君には、ジェマの素質を感じる。君の行く道に、マナの加護があらんことを。」
デュークはシーバから魔道書を受け取り、一礼して大聖堂を後にした。
「彼が、新たなジェマの騎士なのかも知れぬな……あの頃のあやつに良く似ておるわ。」
デュークが去った部屋の中、大賢者はかつてのジェマの騎士の姿を思い浮かべ、呟いた。
ウェンデルの南門。
焼け焦げた城壁の間に、旅の準備を整え、足早に進むデュークの姿があった。
飛空艇の襲撃と、ジュリアスが放った青い炎の痕跡が生々しく残る。
そんな瓦礫の中に、ぽつりと一点、不釣合いな純白が落ちていた。
近づいてみれば、それは一輪の白百合。
大聖堂で、母の幻影の残した花を見つめていたエレナの横顔が蘇る。
「エレナ、必ず助けるよ……。」
少女を連想させる白百合に、己の決意を新たにし、デュークはウェンデルを後にした。
【第二章・了】
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