【第三章】


01.


西の湖を見下ろす丘の上に、二つの人影があった。

一人は赤い鎧を身に付け、不揃いな茶色の髪の青年。
もう一人は長い白髪に髭を蓄えた老人。

二人が見つめる先には、グランス公国の紋章を誇らしげに掲げた飛空艇が停泊していた。

「行くぞ、デューク。」

老人――かつてのジェマの騎士であるボガードは、愛用の剣を鞘から抜き、厳しい面持ちで飛空艇を見遣る青年に声を掛けた。青年は一瞬、張り詰めた感覚を緩め、頷くと老人の後に続いた。



聖都ウェンデルがジュリアスの率いる飛空艇に襲撃され、自らの不注意でマナの封印の鍵を握る少女・エレナをさらわれてから、デュークは一人彼女を救い出すために旅立った。
飛空艇を追いかけ、西へと歩みを進めるが、意思を持つ洞窟――ガイアの洞窟がデュークの前に立ち塞がった。
何度侵入を試みても、デュークを異物と認識し、あっという間に吐き出されてしまう。

何とか先へ進む術を探していたところ、偶然立ち寄ったドワーフの洞窟で手掛かりを得ることが出来た。
ガイアの洞窟は魔法の銀・ミスリルが好物らしく、ミスリルの武具を身に付けていれば通り抜けることが可能なのだと言う。
デュークはミスリルを求め、ドワーフ達に教えられた廃坑へと向かった。
その廃坑内で、同じくミスリルを捜し求めるドワーフのワッツと出会った。
二人は協力して洞窟の奥に巣食う巨大なムカデを倒し、ミスリルを手に入れることが出来た。
手に入れた魔法銀はワッツの手により武具へと加工され、その武具を纏ったデュークはガイアの洞窟を通り抜けることに成功した。
そこで、シーバから話を聞き後を追って来たボガードと合流し、今に至る。



二人は慎重に湖を渡り、停泊中の飛空艇へと潜入した。
どうやらエンジンの不調で不時着したらしく、船の内部は慌しい。
二人が入り込んだことに気付かれた様子は全く無い。
それでも用心に用心を重ねつつ、奥へと進んだ。


「全く、何でこんなにも急いで引き帰すんだろうなぁ。」

突然、乗組員らしき男の声がし、二人は物陰に身を潜めた。
幸いこちらの気配は気取られてはいないようだ。
数名の乗組員はぶつぶつと、小声で不満を洩らしていた。

「さぁな。有能な魔道師様のお考えは、下っ端の俺たちにはわからねえよ。」
「そう言えばウェンデルから女が一人、連れて来られたらしいがあの小娘は何なんだ?」
「……それがよ、ここだけの話なんだが、マナの秘密とやらに関係があるらしいぜ。
 今は船の最下層の独房に入れられてるらしい。」
「マナの秘密、ねえ。やっぱり俺たちにはわからねえな。」

男たちはひとしきり雑談をした後に、三々五々散っていった。



「ボガード。」
「ああ、とにかく最下層に向かうぞ。」

乗組員たちの会話から、エレナの居場所を知った二人は、階段を探し始めた。
船の内部は複雑に分岐しており、要所要所にモンスターや見張りが配置されては居たが、巧みに身を隠し、時には強行手段を取りながら進む。
老剣士の腕は想像以上のもので、力強く無駄の無い剣技にデュークは密かに感嘆の溜め息を吐いた。
また、飛空艇の船員たちは強襲の疲れからか、随分と気が緩んでいるらしいことも幸いした。
上官の目に付かない場所で、乗組員たちはこっそりと雑談を交わす。
耳にする会話の殆どが仕事への不平不満の中、ジュリアスに関する噂があった。


この船の指揮官である魔道師ジュリアス。
彼は子どもの頃に、グランス城の傍にある滝つぼの裏の洞窟に捨てられていたということ。
その時の洞窟は凍るような寒さで、シャドウナイトが見つけた時には仮死状態だったらしいこと。
その後、シャドウナイトの元で育てられ、強大な魔力と知恵を持つ魔道師としての才能を開花させたということだ。


――あいつの人を寄せ付けない冷たさは、そんな境遇から生まれたのかもな――


デュークはほんの少し、青い炎の魔道師を哀れんだ。



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