10.
砂の迷宮の内部は、じめじめと黴臭い湿り気を帯び、澱んだ空気の漂う空間だった。
岩肌は苔生し、不気味な静けさと砂漠にある洞窟とは思えない冷たさがデュークを包む。
デュークは用意してきた松明に火を灯し、慎重に階段を下っていった。
しばらく進むと、少し開けた場所に辿り着いた。そこで、デュークは見覚えのある姿を目にした。
「……アマンダ!」
デュークの声が洞窟内に反射する。
呼び掛けられた人影は、声のする方へと顔を向け、驚きに目を丸くした。
そして一瞬、目を泳がせた後に溜め息を吐き、観念した様子でデュークの方へと歩み寄った。
「アマンダ……ペンダントを盗んだな?」
デュークのその言葉に、アマンダは悲しげに目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
「ごめんよ、デューク……。仕方なかったんだ…。」
「アマンダ、一体何があったんだ?僕は君を責める為にここに来たんじゃない。
アマンダが理由も無しに盗みを働くだなんて、これっぽっちも思っていないよ。
何か理由があるんだろう?」
俯いたままのアマンダにデュークが問い掛ける。
するとアマンダは、縋るような目でデュークを見上げた。
その顔に浮かぶのは、普段の気丈さからは考えられないような、今にも涙を零しそうな表情だった。
「弟……レスターを、デビアスのやつに人質に取られちまったんだ…。」
「本当なのかい?その話。」
「ああ、誓って、あんたに嘘はつかないよ。」
アマンダは必死の表情で言葉を続ける。
「あたいがバカだったんだよ…。
弟を助けたければ、あんたの持ってる赤い石のペンダントを持って来いって言われてさ……。
ペンダントを奴に渡したら、レスターは魔法でオウムに変えられちまって……。」
「オウムって、まさかデビアスの傍に居た、あのオウムかい?」
デビアスの館で見た、あの場所には不似合いな、色鮮やかなオウムの姿が脳裏に浮かぶ。
デュークの言葉に、アマンダは唇を噛み締め、頷いた。
「デビアスの呪いを解くには、メデューサの血を飲むしかないって聞いたんだ。
だから、ここまで来たんだけど……ひとりで進むには魔物の数が多くてさ…。」
アマンダは重い溜め息を洩らす。
その姿に、デュークは手にした槍をぐっと握り、小さく頷いた。
「メデューサの生き血、か…わかった。僕も手伝おう。」
「本当かい!?ありがとう、ありがとうデューク!」
その言葉に、陰りを見せていた翡翠色の瞳がきらりと輝いた。
それと同時に、先程までの覇気の無さが嘘のように生き生きとした表情を取り戻す。
この顔こそが、かつてシャドウナイトの闘技場で皆が励まされていた、彼女本来の顔だった。
デュークはそんなアマンダを見て、懐かしさに頬を緩めた。
「そうと決まれば、先を急ごう。デビアスの気が変わらないように。」
デュークは左手に松明を掲げ、奥へと続く道を照らす。
アマンダも頷き、彼女の武器である投擲用のナイフをベルトから数本抜き出し構えると、デュークに先行して迷宮の奥へと足を踏み出した。
砂の迷宮は迷宮の名に相応しく、複雑に通路が分岐しており、探索には骨が折れた。
魔物も砂漠に住むモンスターとはまた違い、何らかの呪術によって死者の国から呼び戻されたのであろう不死の魔物や、実体を持たずに彷徨う影のような存在が数多く巣食っていた。
恐らくひとりで迷い込んだ旅人は、彼らの前に成す術も無く命を失い、また彼らの仲間入りを果たすのであろう。
この異形のものたちは、この洞窟に幽閉されたメデューサによって呼び出されたのか。
それとも、母であるメデューサをこの場所に幽閉したデビアスによって召喚されたのか。
どちらであろうとも、並大抵の力では出来ない芸当であることは間違いない。
そのどちらかとこれから対峙するのか――ふと、恐怖がデュークの頭を過ぎる。
しかしそれは今考えても仕方の無いことだ、とその考えを止めた。
「デューク?」
無意識のうちに立ち止まっていたらしいデュークを見て、アマンダが声をかける。
デュークは、大丈夫だ、と言う代わりにひとつ頷き、再び槍を構え歩き出した。
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