13.
「アマンダ!大丈夫か!?」
苦痛の表情を浮かべ座り込んだアマンダの元へ、デュークは槍を放り出して駆け寄った。
先程までとは打って変わり、青白く血の気の引いた顔色。
見れば抱え込んだ膝下から滲み出る赤い血が、アマンダの足元の砂にいくつもの赤い点を描いていた。
「ふふっ……あたいとしたことが、ついてないね…。
どうやら、さっきの戦いでメデューサに噛まれちまったみたいだよ…。」
駆け寄ったデュークを見上げ、アマンダは薄く微笑んだ。
「待ってろ、今回復の魔法を…。」
「無駄だよ。こんな所で力を無駄遣いするんじゃないよ。」
とっさに癒しの呪文を唱えようとするデュークの手を取り、アマンダはそっと嗜めた。
「…すでにメデューサの血は全身に回ってる。もう手遅れだよ。
あたいの心は、徐々に魔物に支配されていくんだ…今更、傷を治したって意味がないよ。」
「でも、アマンダ!」
「…デューク、ひとつお願いがあるんだ。」
何かを悟ったような、妙に穏やかな表情を浮かべたアマンダは、デュークの言葉を遮り言った。
その有無を言わせぬ雰囲気に、デュークはただ、彼女の言葉を待った。
握られたままの手からは、微かな震えが伝わって来る。
アマンダの強い意志を感じ取り、デュークは彼女が何かとてつもないことを依頼しようとしているのだと察した。
それは、何か、とても大切で、恐らく断ることの出来ない願い。
アマンダの口から零れた言葉は、デュークの想像を遥かに超えたものだった。
「……今のあたいの血には、メデューサの血が半分混ざってる。
デューク、あたいを殺し、その血をオウムに飲ませて……レスターを元の姿に戻してやって…。」
「な…。」
デュークはアマンダの言葉が瞬時には理解出来ず、唖然とした表情で彼女を見つめた。
頭の中で彼女の発した単語が断片的に散らばる。
メデューサの血―――レスターを、元の姿に――、
アマンダ――を、殺す?
僕が?この手で?
「そ、そんな事、出来るわけないだろう!!」
「あたいを無駄死にさせる気かい!?」
やっと理解をした内容に、デュークは反論の意を返す。
しかし、即座に返された言葉のあまりの剣幕に、デュークはまた、言葉を失った。
アマンダはデュークの手を握る力を強め、矢継ぎ早に言葉を畳み掛けた。
「あたいはもう、人じゃないんだよ!あの女に噛まれて、あの女と同じ魔性のものになりかけてるんだよ!
見てごらんよ、あたいの体にも、あの女と同じ鱗が見えるだろう!?
……あたいの目にはもう、すでにあんたのことが、獲物に見え始めてるんだよ…。
デューク、お願い。レスターへの最後の愛を、叶えさせてよ…。
そして…この手で愛する人を殺させるような仕打ちをさせないでおくれよ……。」
意思の強い、翡翠色の瞳が涙で揺らぐ。
確かにアマンダの姿は、ゆっくりと、しかし確実に変化の兆しを見せていた。
先程砂に還ったばかりのメデューサのような姿へ――。
アマンダはそっと、握り締めていたデュークの手を開放した。そして懸命に、歪んだ笑顔を浮かべ、言った。
「おね…がいだよ…。」
デュークは一歩、後ろへと下がり、腰に帯びた剣の柄を握った。
今まで多くの戦いを潜り抜けて来たが、こんなにも剣を握ることが恐ろしいと感じたことは未だかつて無かった。
グランス城の裏の滝つぼでシャドウナイトと対峙した時も、魔道師ジュリアスの氷のような視線で射抜かれた時も、
今のこの瞬間よりはずっと平静を保って居られたと思う。
震え続ける手には力が入らず、額からは冷たい汗が流れ落ちた。
それでも、じっとこちらを見据えるアマンダの瞳に促されるように、デュークは鞘から剣を抜き、切先を彼女へと向けた。
逃げ出すことは出来ず、彼女の目から視線を逸らすことも出来ず、デュークは立ち尽くしていた。
そして。
「デューク!」
アマンダの声が引き金となり、デュークは剣を彼女の胸へと突き立てた。
飛び散る鮮血と、鮮やかな赤い髪が弧を描く。
アマンダはほっとしたような、柔らかい笑みを浮かべた。
そしてデュークの肩口に頭を寄せ、一言呟いた。
「……ありがと…。」
デュークは黙って、冷えてゆく彼女の体を抱きしめた。
頬を伝う滴がじわりとアマンダの髪に吸い込まれては消えていく。
「許せ……アマンダ…。」
そっと砂地に横たえた亡骸は、この上も無く優しい微笑を浮かべていた。
【第三章・了】
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