02.


船の底から低いモーター音が響きだした頃、やっと二人は飛空艇の最深部にある独房を発見した。
声を上げられないように素早く見張りを倒し、扉を開ける。
すると、太い鉄格子が填められた奥に、エレナの姿があった。

「デューク…?それにボガードさん?」
「エレナ!助けに来たよ!」

急に開かれた扉にエレナは身を強張らせたが、次の瞬間驚きに目を丸くした。
そして二人の姿が幻ではないと認識すると、安堵の表情を浮かべて格子の傍へと駆け寄った。

「再会の挨拶は後じゃ。船が出るぞ。」

ボガードの言葉に、デュークは頷き鉄格子に掛けられた鍵を開けようと試みる。
しかしジュリアスの魔法でも掛けられているのであろう、デュークの手持ちの鍵では鉄格子の錠を開くことは出来なかった。ならば、と鉄格子に剣を向けるが、魔法の銀たるミスリルの剣でも扉に付けられた重い鍵に傷ひとつ付けることが出来なかった。

「駄目だ……びくともしない。」
「なら、窓はどうじゃ?」

ボガードの言葉にエレナは窓際へ駆け寄り、外を覗き込む。

「細い通路が見えるわ。…ここから何とか出られそうよ。」
「なら、外から回り込もう。待ってろエレナ!」

デュークは試行錯誤を繰り返していた鍵を離し、勢い良く立ち上がった。
そして独房を後にしようとした時、背後から声がかけられた。

「わしはここに残ってエレナを見て居よう。…異変に気付いたグランス兵に来られると厄介だからな。」

老剣士のその言葉に、デュークはひとつ頷き、単身船内へと立ち戻った。



独房の近くにあった階段から、今度はすんなりと甲板部分へと戻ることが出来た。
船は地上を離れてしばらく経っているらしく、停泊していた湖が後方に小さく煌めいているのが見えた。
流れる風は激しく、甲板を歩くのは骨が折れたが、そのせいか人影が殆ど目に付かないのは幸いだった。
デュークは縁を伝いながら、エレナが閉じ込められている独房があったと思しき場所へと少しずつ近づいていった。


あちこちを探っていると、恐らく船の整備用なのだろう、側面を伝う細い鉄梯子を発見した。
下を覗き込むと、丁度エレナの居る独房の辺りに足場らしき通路も見える。
地上は遥か下方で、目も眩みそうな状況であったが、デュークは意を決し慎重に梯子を下り始めた。
激しく流れる風に、一歩踏み外せば転落してしまいそうな細い足掛かり。
揺らぐ体を必死に押さえ、船体を掴みながらデュークは少しずつ、独房の窓へと近づく。
すると、人の気配を感じたエレナが窓から顔を出した。彼女の顔を見て、デュークはほっと息を吐いた。

「さあ、逃げよう。」

そう言ってデュークはエレナに手を差し出す。
エレナは頷き、デュークの手を取ろうとしたが、ふとその手を胸元へ差し込み、マナのしるしを取り出した。

「これを、ペンダントをあなたに渡しておくわ!」
「そうはさせんぞ」

ぞっとするような冷たい声が、デュークの背後から掛けられた。
ゆっくりと後ろを振り返れば、そこに居るのは他でもない、魔道師ジュリアスだった。
細い足場にも全く平静を保ち、悠然と紫の衣を靡かせる。
彼の腕輪だけが、流れる風に飲まれチリチリと微かな音を立てていた。
通路は独房の前で行き止まりとなっていて、逃げ場も身を隠す場所も無い。
デュークは込み上げる危機感を無理矢理飲み込んだ。

「私の魔法を喰らっても生きているとは。なかなかしぶといな。」
「……あんたたちの奴隷として戦っていたお陰で体力だけはついたみたいでね。」

相変わらず感情の読めない口調で感想を洩らすジュリアスに、デュークは言葉を返す。
その間にも打開策はないかと考えを巡らせるが、どのような手立ても浮かばなかった。


「居たぞ!侵入者だ!」

不意に独房の中から扉を破る音と、同時に数名の足音が室内に突入して来た。
はっとデュークが横目で窓を見れば、ボガードがグランス兵と切り結ぶ姿が見えた。

「では、ここから落ちても生きて居られるかな?」

デュークが気を逸らした瞬間を見逃さず、ジュリアスは手の内に青い炎を呼び出した。
炎は召喚者の意思に応じ、一直線に宙を切る。
熱の塊は避けられることも無く、そのエネルギーを目標となったデュークに叩きつけた。

「デューク!」

エレナの悲痛な叫びに、反射的にデュークは通路脇の手すりを掴んだ。
ぐん、と手すりを掴む左手に己の全体重がかかる。
バラバラと体の横を木片が落下していく。
体と足は後方へ流れていく風に攫われ、ギシギシと揺れる。
ぐっと顔を上げれば、窓から体を乗り出し手を伸ばすエレナと、冷ややかにこちらを見るジュリアスが見えた。
握り締める右手からは、ひやりとした石の感触が伝わり、その部分だけが冷静さを保っていた。

「落ちちゃダメよ!」
「駄目だ……」

エレナの励ましの声を聞いた直後、デュークの左腕は限界を迎えた。
掴んだ手すりからするりと手が離れた瞬間、デュークの体は真っ直ぐに落下していった。



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