03.


平穏でのどかな、ある村の静寂は、空からの闖入者によって破られた。



「何ごとじゃー!?」

突然の何かがぶつかる衝撃音と、小屋が崩れ落ちる音に、村人は家から飛び出し唖然とした。
辺りには土埃が濛々と立ち込める。
原因を探ろうと崩れた小屋に近づいた男たちは、そこに倒れる鎧姿の青年の姿を発見した。

「こいつ、天から降ってきたのか…?」
「おい、まだ息があるぞ!早く運べ!」

この地方特有の、茅葺きの屋根が青年の命を救ったらしい。
あちこちに打ち傷や擦り傷、そして何故か火傷が見られるが、命に別状は無さそうだ。
村人は見慣れない金属の鎧を身に付けた青年を、手近な板を担架代わりにし、瓦礫の山から運び出した。

「…デューク?デュークね?」

運び出された青年の顔を見て、それまで様子を伺っていた者の中から一人の女が飛び出してきた。
彼女は赤い髪を揺らし、運ばれる青年に呼びかける。

「何だ、アマンダ、お前の知り合いか?」
「デューク、しっかりしてデューク。」

アマンダはかつての剣奴仲間との突然の再会に驚き、意識を失ったままの青年に付き添い、村の診療所へと同行した。




青年には診療所で手当てがなされた。
手当てをしている最中、青年の握り締めた右手から赤い石の付いたペンダントがこぼれ落ちた。
少し古びてはいるものの、深い輝きを湛えるそれは、鎧姿の青年には不釣合いに見えた。
しかし不釣合いと言えど青年の持ち物には変わりない。
ペンダントは青年の眠る寝台の横に置かれたサイドテーブルの上で、今は静かに月の光を反射させている。


青年が天から落下してきて数日――今だ、彼は意識を失ったままだ。


アマンダは寝台横の椅子に腰掛け、眠り続ける青年を介抱している。
時折、青年の額に乗せた布を取り、傍に置いた水桶にそれをくぐらせ、また額に乗せる。
砂漠に近いこの村も、夜は気温も下がり、ひんやりとした風が窓から吹き込んできた。
熱にうなされていた青年も、気温の下降につれて落ち着きを見せ、今夜は静かな寝息を立てている。
医師も、この調子ならば早ければ明日にでも意識を取り戻すだろう、と言っていた。

「デューク…。」

そっとアマンダは青年の名を呼び、彼の髪に触れた。


奴隷剣士としてグランス城に居た頃より、青年は少し痩せ、精悍さを増したように見える。
デュークがグランス城から脱走した時、アマンダや他の奴隷剣士数名も混乱に乗じ、城を抜け出すことに成功したのだった。
あれからずっと、アマンダは青年の安否を心配していた。
きっと生きている、また必ず会える、そう信じては居たが、まさかこんな形での再会になるとは予想だにしていなかった。

「…本当に久しぶりだね。無事、逃げ延びてたんだね。会えて嬉しいよ…。
 グランスの、奴隷だった頃を思い出すよ…。」

ぽつり、ぽつりとアマンダは眠る青年に語りかける。

「いつか、あんたは言ってくれたよね。あたいのことを、太陽みたいだって。
 …あの時の仲間は皆、そんなことを言ってくれてたけど、あんたから聞いたその言葉が、
 あたいは一番嬉しかったんだよ……。」

でも、とアマンダは心の中で続ける。


あたいは、太陽でも唯一の光でも何でも無い。
あんたの方が、余程その名に相応しいんだよ―――。


物思いに耽っていたアマンダは、ふと顔を上げた。
窓からは先程までの涼やかな風ではなく、生ぬるいものが吹き込む。
アマンダは愛用のナイフをベルトから抜き、外へ滑り出た。



「……あんた、何者だい?こんな時間にこんな辺鄙な村に用でもあるのかい?」

アマンダはナイフを構え、村外れに立っている『影』に話し掛けた。
すでに夜半を過ぎた村はしんと静まり返り、痛いほどの沈黙が耳を打つ。
黒雲が月の光を遮り、じっとりとした密度の濃い風がアマンダの赤い髪を嬲る。

「我が主は、そなたと取引がしたいそうだ。」
「取引?」
「あるものと引き替えに、汝の肉親を返そう。」

肉親、の言葉にアマンダは凍りついた。

アマンダには肉親と呼べる者は一人しか居ない。弟である吟遊詩人・レスターだ。
奴隷時代、彼に生きて再会することを心の糧としていた、たった一人のおとうと。
彼は今ジャドの街に滞在しているはずだが、少し前から彼の奏でるハープの音が聞こえなくなった、という噂を耳にしてはいた。
デュークが目覚めれば、すぐにジャドに向かおうと考えていたのだが、不安が現実のものとなってしまったらしい。
アマンダは唇を噛み、『影』を睨みつけた。

「…あんたのご主人様は、一体何がお望みなんだい?」

見ての通り金ならないよ、とアマンダは言う。
すると『影』は意外な提案を口にした。



診療所に戻ったアマンダは、先程と変わらない様子で眠る青年を見、溜め息を吐いた。


レスターを救うために、友人を裏切る行為をあたいはするの?
デュークなら話せば分かってくれるはず。
でも彼が目覚めるのを待つ時間は無い――。


自問自答を繰り返した結果、アマンダは決心を固め、サイドテーブルに手を伸ばした。

「……ごめんよ、デューク…。」

アマンダはドアの前で小さく懺悔の言葉を洩らし、その場から駆け去った。



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