04.
アマンダが去ったその日の朝、デュークは意識を取り戻した。
ゆっくりと瞼を開くと、見慣れない石造りの天井が目に入った。
横にある窓からは眩しいほどの光と、乾いた砂混じりの風が緩やかに室内に流れ込む。
感じたことの無い空気の感触と匂い。
まだぼんやりとした頭で状況を整理しようと試みるが、全くといって良いほど答えの断片すら浮かんでこなかった。
ただ、かつての仲間であるアマンダの記憶だけが微かにデュークの中に残っていた。
あれは、彼女の声は、夢だったのだろうか――。
寝台に腰掛け、記憶のかけらを繋ぎ合わせようと考えを巡らせていると、軽いノック音と共に一人の老人が部屋に入って来た。老人は目を覚ましているデュークを見ると、皺だらけの顔を微笑みの形に一層崩した。
「目が覚めたか、天から来た青年よ。」
「天から…?……そうか、僕はあの時飛空艇から落ちたんだった…。」
「飛空艇から落ちた?そりゃまた豪儀なことじゃなぁ。」
老人の言葉に、デュークは思い出した。
ジュリアスに一瞬の不意を突かれ、飛空艇の細い通路から弾き飛ばされたことを。
エレナがこちらへ必死に手を伸ばしてくれていた。
…彼女は、そして共に飛空艇に乗り込んだボガードは、無事なのだろうか?
デュークが眉を寄せ、考え込んでいる間に老人はてきぱきと傷を診て回った。
「飛空艇から落ちてこの程度の怪我で済むとは。全くお前さんは余程運が良いとしか言えんな。
……それにしても呆れるほどの回復力じゃな…。」
こんな頑丈な奴は見たことが無いわい、などと呟きながら診察する老人に、デュークはやっと礼を述べるということに考えが至った。
「あ、ありがとうございます、見ず知らずの僕を介抱して下さっていたんですね。」
「わしは傷を診とっただけじゃ。お前さんを看病しとったのはアマンダじゃよ。
お前さん、あの娘の知人じゃろう?」
「はい。…やっぱりアマンダだったんだ…。あの、アマンダは、今どこに?」
「さあ……?そう言えば今朝早くに村を出て、ジャドに向かうと聞いたがのお?」
老人はそう答え、後で食事を運ばせるからそれまでに身支度を整えなさい、と言い残して部屋を後にした。
パタン、と軽い音を立ててドアが閉まると、デュークは寝台のサイドテーブルに置かれた服を手に取った。
そして、気付いた。
「―――マナのしるしが、無い…!」
ジャド砂漠に程近い山間部に、ひっそりと小さな村が存在している。
そこは村のある谷の名前を取り、メノスの村と呼ばれている。
かつては乗用として持て囃された巨大な鳥・チョコボの原産地として多くの人で賑わったらしいが、乱獲のせいで今では滅多にその姿を見ることは無く、村の活気も失われていた。
最も、現在の状態こそがこのメノスの村のあるべき姿なのだ、と古くからの住人は思っている様ではあるが。
天から降ってきた赤い鎧の青年が目を覚ました、という話は、他に目立った娯楽の無い村ではあっという間に広まった。
デュークが診療所から出ると、好意的ではあるが物珍しそうな顔をした村人たちから質問攻めに合った。
デュークはその質問を適当に答えながら、グランスの飛空艇と、マナのしるしについての情報を聞き集めていった。
村人の話によれば、グランスの飛空艇は確かにデュークがこの村に落下してきた時に上空を通過したらしい。
船はそのままイルージア山の方へ飛んでいったということだ。
この話から、エレナは間違いなくグランス城へ連れ去られたことが分かる。
そして、マナのしるしの行方だが、デュークを診察していた老人の話では、確かに赤い石のついたペンダントはデュークが持っていたということだ。
この話から、落下中に落としてしまったということは無い。
ならば、考えられるのは、急に村を離れたアマンダが持ち去った可能性だ。
かつて共に戦い、苦しみを分かち合った仲間であるアマンダを疑うわけではないが、他に手掛かりが無い以上、当面は彼女を探すことから始めるしか手が無さそうだ。
ウェンデルで聞いたエレナの母の話から、マナのしるしが無ければ、公国がマナの樹に手を出すことは叶わないはずだ。
そして、封印を解く鍵を握るというエレナを傷つけることもないだろう。
―――エレナ、必ず助けに行くから、待っていてくれ―――
デュークは遠く霞むイルージアの山に思いを馳せ、村人から買い取った槍を握り締めた。
そして初めて目にする砂の海、砂漠へと足を踏み入れた。
目指すのは、アマンダの向かった砂漠の街、ジャド。
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