07.
宿の主人の言うように、沈黙の支配するこの街の中でも酒場だけは例外のようで、多くの人で賑わいを見せていた。
デュークは店の中でも目立たない、カウンターの隅に席を確保し、食事を注文した。
オアシスから汲み上げたばかりなのだという水は冷たく、グラスに口に付けると、デュークは自分の喉の渇きを急に思い出した。
グラスの水を一気に呷ると、体の中をひやりとした感触が駆け抜ける。
その感じが心地良かった。
「お客さん、この辺りの人じゃないですね。この街へは、仕事で来られたんですか?
最近、北の谷は毒の霧で覆われていて抜けられませんよ。」
見慣れない顔だ、ということに気付いた酒場の主人が声を掛けて来た。
デュークは頷き、空いたグラスを渡しもう1杯、と頼んだ。
「ある人を探してるんだ。マスター、最近この街にアマンダという赤い髪の女性が来なかったかな?」
「赤い髪の女……あいにく、私には見覚えがありませんねぇ。赤い髪の詩人なら、心当たりはありますが。」
「……もしかして、その詩人はレスターという名前じゃないか?」
デュークがアマンダの弟の名前を挙げると、酒場の主人は驚いたように目を丸くした。
「あんた、レスターを知ってるのかい?レスターが急に姿を消してしまって、こっちも困ってるんですよ…。
あの竪琴の音色と歌声は絶品だと、客にも上々の評判だったのに……。」
「レスターが居なくなった?」
今度はデュークの驚く番だった。
アマンダとレスター。
誰よりも弟を愛していたアマンダの失踪は、レスターが姿を消したことに関連している可能性は大きい。
ならば、この街につい最近まで居たというレスターの情報が手掛かりとなりそうだ。
「おい、そこの兄ちゃん、俺この間赤い髪の女がデビアスの館に入っていくのを見たぜ。」
不意に耳に飛び込んできた言葉に、デュークは立ち上がり声の主を探した。
カウンター後ろのテーブル席を囲んでいる中の一人が、手を上げて合図する。
デュークは自分のグラスを持ち、席を移動した。
「今の話、本当か?」
「ああ。ありゃー2日程前の夜明け前だったかなぁ。
酔い覚ましに街を歩いてたらよ、赤い髪した綺麗な女がデビアスの館に入っていったのよ。
見慣れない顔だったが、綺麗な顔に似合わねえきつい表情してたんで妙に印象に残ってたんだよ。」
デュークは話を引き出そうと、酒場の主人に合図してテーブルを囲む男たちに酒を振舞った。
それが幸を相したのか、他の男からも次々と言葉が飛び出した。
「そうそう、この酒場に居た詩人ちゃんも赤い髪してたっけなぁ。あいつも綺麗な顔してたな。」
「あいつ、どこ行ったんだよ?デビアスに喰われたか?」
「デビアスは気に喰わねえ奴には容赦ないからなー。実の母親も砂漠の洞窟に閉じ込められてるって話じゃねえか。」
「デビアスの母親って、メデューサだっけか?おっかねえ化けもんだな…。」
「しかしメデューサの血を飲めば、デビアスに掛けられた呪いが解けるって言うぜ。」
「その血を手に入れる前にこっちが石にされちまうんじゃねえのか?」
「確かになぁ。」
ひとしきり口々に話した後、男たちは一斉に笑い、酒を飲み干した。
デュークはこれ以上目新しい情報は得られないと踏んで、男たちに礼を述べ、席を立った。
――アマンダがデビアスの館に入っていったというのが本当なら、デビアス本人から話を聞く必要があるな――
デュークは得られた情報からそう結論付けると、酒場の主人にデビアスの館の場所を尋ね、その場を後にしようとした。
その時、背後からデュークの服の裾を引く気配を感じた。
「……僕に用かい?」
「えへへ。お兄ちゃん、砂漠の洞窟の場所、知りたくない?」
酒場には不釣合いな少年は、にこにことデュークの服の裾を掴んだまま問い掛けてきた。
砂漠の洞窟、と言えば、先程男達の会話にも出てきた地名だ。
デビアスの母が封じられていると語られていた場所である。
「こら、坊主、お客さんが困ってるだろう。早く仕事に戻れ。」
「あー!マスター、分かってるって!ちょっと、あとちょっとだけ!」
デュークが立ち往生しているのを見た酒場の主人が、少年を叱り付ける。
どうやらこの少年は酒場の子どもか、小遣い稼ぎにでも雇われた給仕役なのだろう。
「ね、僕見ちゃったんだ。さっきお勘定払ってる時に見えちゃったんだ。お兄ちゃん、キバ持ってるでしょ?」
「キバ?」
「そうだよ、砂漠のモンスターが落すキバだよ。あれ、すごーく貴重なんだ!
持ってたら皆に自慢出来るんだよ?あれと引き替えに、砂漠の洞窟の入り方を教えてあげる!」
少年は上目遣いで、熱心に言葉を捲し立てる。
そう言えば…とデュークが腰につけた袋の中を探ると、確かにジャドに来る途中モンスターから手に入れたキバがあった。
「それ!それだよ!」
デュークが取り出したキバを見て、少年は目をキラキラと輝かせた。
その様子を見て、デュークは笑みを洩らした。
自分にとってはさして価値の無いものでも、少年にしてみれば宝物なのだろう。
砂漠の洞窟の入り方は特に必要な情報では無いが、少年の期待の目には勝てそうに無い。
デュークは頷き、少年にキバを手渡した。
「じゃあ、その砂漠の洞窟への入り方を教えてもらえるか?」
「やった!じゃあ、本当にナイショなんだからね…。」
少年はキバをそっとポケットに入れ、声を顰めた。
「ジャドから南に行った所にあるオアシスに入口はあるんだ。ヒントは、やしの木、8の字……だよ!」
そこまで言った時、酒場の主人の怒号が響いた。
「こら!いい加減にしないか!」
「はーい!じゃ、お兄ちゃん頑張ってね!キバありがとう!」
少年はデュークに手を振り、自分の持ち場へと帰って行った。
「やれやれ……。」
残されたデュークは、苦笑いを零すしかなかった。
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