天高く聳え立つイルージアの山。
その聖なる山に連なる山脈の中、一点の黒い染みのように、グランス城は存在していた。
切り立った崖と崖、そして聖なる山から流れ落ちる滝に挟まれるように築かれた堅牢な石造りの城の前に、デュークは立っていた。
奇岩山とこの城を結んでいた吊り橋は、もう存在しない。
数ヶ月前、この城から命辛々逃げ出したその時には、まさか再び、自らの意思でこの城の前に立つことになろうとは予想だにしなかった――。
デュークは無言で、冷たく人を拒むその城を睨み付ける。
戦友であるウィリーの死。
彼の遺した謎の言葉たち。
影の騎士とその腹心の魔導師の語る世界を支えるという樹の伝説と、グランス帝国の野望。
様々な人との出会い。
そして、別れ。
「……早く、愛する人に会えると良いね。」
ジャドの街で別れた、アマンダの弟、レスターの言葉がふと蘇った。
「愛する、人…。」
口の端に上らせたその言葉に、浮かんだ姿はただひとつだった。
第四章
1.
「残念だったな。貴様の欲しいペンダントは、もうここには無いわ…。」
黒く血痕が石造りの床を染める中、倒れ伏したジャドの影の主と呼ばれた男は、先日と同じような声色で言葉を吐き出した。
それを聞いたデュークがさっと顔色を変えると、デビアスはさも嬉しそうに低い笑いを零した。
「今頃、わが僕のガルーダが、シャドウナイト様に献上するために奇岩山を飛んでいるところだろうよ……。」
そう忍び笑いを洩らしながら、デビアスは息絶えた。
そして彼の母と同じように、その体は砂となり、風に舞って消えた。
後に残されたのは、その本性を包み隠していた黒い鎧と衣服のみ。
デュークは無言で歯噛みし、その場を後にした。
「……もう、行くんだね。」
「ああ。」
影の支配から脱した砂漠の街に、人々の行き交う声が戻って来た。
いずれは“沈黙の街”という渾名も過去のものとなるだろう。
かつての活気を急速に取り戻しつつある街の片隅で、この地を愛する吟遊詩人と赤い鎧姿の青年が言葉を交わす。
元の姿を取り戻した詩人レスターは、その柔和な面持ちを少し、寂しげに歪めた。
「…デュークさん、あなたのお陰で姉さんの仇が討てました。
僕は、この街に残って、ハープを弾き続けようと思います。
……姉さんが、デビアスの為に命を失った人たちが、安らかに眠れるように。」
「そうだね。きっと、君の姉さんもそれを望んでいたと思うよ。
君がいつまでも、人々の心に安らぎと喜びの歌を届けることを。」
デュークの言葉に、レスターはアマンダに良く似た笑みを零した。
「奇岩山は、街の北の崖を抜けたところにあります。暗黒の霧も、僕が奏でるハープの音色で晴れるでしょう。
……あなたの、武運を祈ります。」
砂漠の街角から、美しいハープの音色が流れ出す。
詩人の紡ぎ出す流麗で暖かな輝きに満ちたその音に、行き交う人も足を止め、微笑を浮かべ耳を傾ける。その調べを背に、デュークはそっと、砂漠の街から立ち去った。
砂漠の都市の城門を通り抜けると、城門脇の茂みから勢い良く黄色い鳥が飛び出して来た。
「……お前、よく僕が出てきたって分かったな。」
羽をばたつかせ、いつものように周囲をくるくると歩き回るその姿にデュークは目を細めた。
チョコボはほんの少しの離れていた間にもまた一回り成長したようだ。
生まれた当初の弱々しさはあっという間に薄れ、大地を駆ける伝説の鳥にふさわしい姿へと変わり続けている。
「また、お前の世話になるか。」
そんな頼もしい旅の仲間に一声掛け、砂漠からグランス城を目指し、歩き出した。
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