2.
ジャド砂漠の北から谷へと抜ける道を覆っていた暗闇は、レスターの言葉通り消えていた。
見慣れぬモンスターたちをなぎ払いながら、デュークはひたすらに上へと歩みを進めた。
数日間進み続けるうちに、グランス城の裏手に流れていた滝の支流と思われる流れも目に入って来た。しかし険しい山道に、デュークの足は次第に思うように前へと進まなくなっていった。
這って登らなければ越えられないような斜面や、足場の悪い岩場が次々と行く手を遮る。
ただでさえ体力的に無理な旅路を続ける中に、焦りばかりが先立つ。
「くそっ…。」
荒い息を吐き出して、デュークはついにその場に座り込んだ。
目前に広がる神々しいほどに壮大な景色を楽しむ余裕もなく、額に光る汗を乱暴に拭き、腰に提げた皮袋から水を喉へと流し込む。
そして再び立ち上がろうとするが、膝に力が入らず、またその場に崩れ落ちた。
整わぬ呼吸を繰り返しながら、力なくぼんやりと頭上を見れば、はるか彼方の空から太陽に照らされ黄金の光の筋となり流れ落ちる水飛沫と、薄墨色の雲が目に入る。
しかしデュークの視界からは、マナの樹のあるイルージア山の山頂はおろか、目指す黒い城の陰さえ見えなかった。
―――エレナ…。
疲れの為か重く痛む頭の片隅で、かすかに微笑む白い服の少女を想う。
今頃、彼女は囚われたグランス城で何を見、何を考えているのだろう―――。
「う…ん?」
一瞬遠のきかけた意識を覚醒させたのは、青い瞳を光らせた相棒だった。
チョコボはじっとデュークの顔を見つめながら、その大きな嘴でデュークの服を咥え、しきりに自分の後ろへと引き寄せようとしていた。
「……お前、まさか僕を乗せてくれるって言うのか?」
その仕草が意図する意味を呟くと、その通り、と言わんばかりにチョコボは一声鳴いた。
確かにデュークの後を着いてこの険しい山道を登って来たにも関わらず、チョコボは全く遅れる気配すら見せず、
むしろ道を先導するような素振りさえあった。
思えば生まれた時は大型の犬程の大きさだった体も、今は子馬より一回り大きい程にまで成長していた。
デュークは意を決しふらふらと立ち上がると、黄色い羽毛に包まれた相棒の背に跨った。
「う、わっ!」
デュークが背に乗った次の瞬間、チョコボは勢い良く走り出した。
慌ててチョコボの首に腕を回し、振り落とされまいと必死でしがみ付く。
風を切り、危なげない足取りで軽やかに山道を駆けるチョコボには、背に乗ったデュークの重みなど何の負担でも無い様だ。
しばらく進むうちに、デュークにも徐々に周囲を見渡す余裕が出てきた。
遥か彼方に見える大陸の、白く輝く塔はウェンデルの大聖堂だろうか。
かの地で、母の幻影の残した白百合を見つめていた少女の横顔が脳裏をよぎる。
彼女を救い出すには、かの黒い騎士との戦いも避けられないものとなるだろう。
黒い騎士の振るう、重く鋭い太刀筋。
そしてそれ以上に鋭く心を抉るかの騎士の圧倒的な威圧感、存在感を思い出し、デュークは身震いする。
今、かの黒騎士に対峙したならば、果たして勝つことが出来るだろうか…素直な疑問が心の奥底から湧き上がってくる。
それでも、今度は逃げも隠れもしない。
志半ばで命を失ったウィリーのためにも。
グランスの野望のためにその命を弄ばれ、悲しい死を遂げたアマンダのためにも。
そして何より、自分自身のためにも、シャドウナイトとは決着を付けなければならない。
――もう少しだ、待っていてくれ。今度こそ、今度こそ君を助け出してみせる――
デュークの足ならば3日はかかったであろう行程を、チョコボは半日程で軽々と走破してしまった。
奇岩山の内部へと続く洞穴の前で、デュークはチョコボの背から降りた。
山の斜面にぽっかりと口を開いた暗闇からは、冷たく湿った空気が流れ出す。
デュークはここまで自分を乗せてきてくれた相棒の頭を撫でた。
「ありがとう。お前のお陰でここまで辿り着けたよ。
…でも、ここから先へお前を連れて行くわけにはいかない。」
孤独な旅路に同行者が居ることが、どれ程励みになったことか。
無口ながらも愛嬌のあるチョコボに、デュークは信頼と、感謝の気持ちを抱いていた。
可能ならばこの先の道も共に進むことが出来ればと思う。
しかし、自分を親とも兄弟とも思い、ただ無心に着いて来てくれた大切な旅の仲間を、むざむざ危険に晒すような真似はしたくなかった。
この先に待ち受けるのは、今までの旅路とは比べ物にならない程の危険。
生きて帰る保障などどこにもない、敵の懐に自ら飛び込む行為なのだから。
「じゃあな。良い子だから、ここから先に進むんじゃない。…ここで、待ってろよ。」
名残惜しい気持ちが、自然といつもの言葉をデュークに言わせていた。
いつものように鳴き声を発して自分を見送る相棒の姿を振り返ることはせず、デュークは奇岩山の内部へと進んでいった。
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