継がれゆくもの


先の災禍がどこか遠くのおとぎ話のように思えるほど、かつて失われたかと思われた光は鮮やかに世界を照らし出す。
世界中で最も深い傷を負ったと思われるここ、イルージャ島においてもそれは例外ではない。
緑は輝きながらその葉を茂らせ、小鳥は囀り希望の詩を歌う。
知る者が見ればかつての戦いの面影が残る場所は多数あれど、知らぬ者が見れば、のどかで穏やかな新緑の地にしか見えないだろう。
かつての大樹の村であるこの場所も概ね復興を遂げたと言って過言では無い。


世界が再び蘇ったあの日から後、調査と復興を名目に世界中から多くの人々がイルージャ島に移住して来た。
その多くはかの災禍で住む場所を失った流浪の民たちだった。
彼らは新たな安息の地を自分たちの手で築かんと、懸命にイルージャの復興に尽力した。
そうして彼らは調査が済んだ後もこの地に残り、土着の樹の民たちと共に「マナの村」を興し、マナの樹の守護とマナの女神への信仰を守ることとなった。


マナの村の長として任命されたのは、調査隊の長でもあったモティであった。
彼は災禍が起こるまでは砂漠の連邦ジャドの長の地位にあった。しかし元来の探索好きは長の地位にあっても変わることなく燻り続け、災いの去った後にイルージャ島へ調査隊を送ることが各国首脳陣で決定されると率先してその使命を請け負った。彼はあっさりとジャドの長の地位を退き、後任へ引継ぎを済ませ調査へと繰り出した。そして調査が終わったその後もマナの村に残り、周囲の要望に後押され村長となった。
土着の民と移民たち双方の意見を聞き、村をひとつに纏めることは、小部族の集まりであるジャドの長であったモティには容易いことだった。互いの意見を尊重しより良い方向へと村人を導くモティに対し、村人たちは大いに尊敬の念を抱き、彼の意見に素直に従った。また、モティも世界各地の民の集まるこのマナの村に新しい世界のかたちを見、新たな世界に生きる世代の子どもたちへ自分の知り得る限りの知識や技を伝えようと努めていた。





「村長!おはようございます!」

朝の緩やかな時間の流れを一気に活気付けるような声と、扉を勢い良く開く音。
今日も彼に剣の技を師事しようとひとりの少年がモティ宅へと飛び込んで来た。

「おはようございます、フリック。」

モティに剣を習うこの少年も、かの災禍で帰る場所も、家族も無くした孤児のひとりだった。
モティが災禍の後にウェンデルを訪れた際にフリックを保護し、他の同じような境遇の子どもたちと共にイルージャ島へ連れて来たのだった。
フリックはモティとも親交のあった父親に良く似て、真っ直ぐな心の持ち主だった。
多少行動や言動が乱暴な部分も見受けられたが、それは思春期に差し掛かる年頃の子どもなら誰しも通る道だろう、とモティは考えていた。
最近は富に熱心に剣の腕を磨こうと、毎日欠かさずモティの元を訪れては稽古に励んでいる。
まだまだ拙い腕ではあるが、剣士として名を馳せた父親譲りの才能は確実に少年の中に煌いているとモティには感じられた。

きらきらと瞳を輝かせる少年にモティは挨拶を返した時、その姿におや、と目を留めた。

「フリック、どうしたのですかその髪は。」

少年の、無造作に伸びるがままの茶色い髪のひと束が、目にも鮮やかな色に染められていたのだ。
白と青と若葉色の取り合わせが、まるで髪飾りのような印象を与える。
昨日会った時には無かったその色彩に、モティは少し眉を顰めた。
そんなモティの様子を伺うように、フリックは上目遣いで口を開いた。

「……あのひとが、そうだったから……。」

その一言で、モティはああ、と溜飲を下げた。



フリックの言う“あのひと”とは、彼の命の恩人のことだ。

世間一般には大樹の騎士、聖剣を授けられた英雄として知られている青年。

モティもかの青年とはイシュのワッツを介して何度か顔を会わせたことがある。
このイルージャ島の樹の村で育ったという青年は、純粋な樹の民では無かったらしく――モティの見る限りではその外見、特に黄金色の髪と青い瞳からロリマー周辺の出身の者に思えた――樹の民なら誰しも身に宿す守護植物を持っていなかった。その代わりに、このイルージャ島の守護聖獣のものと伝えられる羽を樹の巫女から借り受け、髪飾りとして身につけていた。イルージャ島の上に広がる限りない空の青と雲の白を切り取ったかのようなその美しい羽は、大樹の騎士をひと目でも見たことのある者なら誰しもが覚えているだろう。
それは幼いフリックにしても同様だったらしい。父親に勝るとも劣らぬほど、かの英雄を尊敬するフリックにすれば、少しでも憧れの人に近づきたい気持ちの表れとして、髪を染めることを思いついたのだろう。



――それにしては少し即物的すぎますがね。

内心、モティはそう思いながらもフリックの子どもらしい純粋な気持ちに笑みを洩らした。
ばつの悪そうな顔で立っていたフリックは、モティの顔に浮かんだ表情にほっとした様子だった。

「村長も、あのひとに会ったことがあるんですよね?」
「……ええ。何度かお話させて頂きましたよ。」
フリックの問いかけに反応して、モティの記憶の中の青年の姿が目に浮かぶ。




初めて会ったのは――そう、魔界の扉が開き、世界が一度闇に沈んだ後のこと。

ワッツと共にジャドから闇の勢力を掃討するための戦に参戦してくれた時だった。
ちょうど、少年と青年の間といった年頃のかの若者は、率先して危険な戦場へ身を投じてくれた。彼が居なければジャドでの勝利は不可能だっただろう。人々は多いに彼の強さと勇敢さを讃えたものだ。

しかしモティはかの青年が何か強い痛みを背負いながら戦いに参加していることを感じ取っていた。
ワッツにそれとなしに理由を聞いてはみたが、ワッツも詳しい事情を知ってか知らずか、曖昧に濁されてしまった。
モティも深い事情があるのだろうとそれ以上の追求はしなかったが、戦いの後、人々が祝杯を揚げる最中、ひとり離れた場所で闇を睨んでいた姿に、かの若者の悲痛な叫びを聞いたようで、声をかけることすら出来なかったことを思い出す。




彼に最後に会ったのは――世界に光が蘇った後、イルージャ島の調査へ最初に赴いた時のこと。

穏やかな笑顔を浮かべ「これからはしばらく、ひとりで世界を巡ってみようと思う」と言う青年の腕には、以前は絡み付いていた植物のツタの形跡は無かった。
しかしそれ以上に、彼の中から大きなものが失われてしまったように感じられた。
青年は必要以上のことを話さなかったが、この世界を救うために、彼は何か大切なものを代償として失ってしまったのだろう。ほんの少しの間に大人びた姿になったと見えたのはそのせいだろうか。
浮かべた笑顔が晴れやかであればあるほど、モティには痛々しいものに見えて仕方がなかった。

密かに旅立つ青年に、モティは自分やワッツに出来ることがあればいつでも言って下さい、と声を掛けた。
青年は穏やかに手を振り、イシュ行きの船に乗り込んだ。





あれから数年の時が過ぎたが、彼からの便りは、無い。





モティは後日、ワッツからかの青年の失ったものについての話を聞き、
彼が何故あれ程の喪失感を抱いていたのかを知った。
今なら彼が何故ひとりで旅に出たのか、こちらへの便りが無いのかが良く分かる。



愛する者たちと平和な日々を暮らしたこの村に留まることは辛すぎたのだろう。

愛する者に永遠の別れを告げたこのイルージャ島に戻ることは、まだ辛いだろう。

愛する者のために愛する者を失ったこの地には、かの者たちとの思い出が残りすぎているのだろうから。





「……村長、おれ、また後で来ます。」

ふとモティが気付けば、随分物思いにふけってしまっていたらしく、居心地の悪そうなフリックが声を掛けてきた。
大丈夫ですよ、と言葉を返そうと思ったが、そう簡単に気分を切り替えられそうも無いと判断を下した。

「すいませんね。少し、考えたいことがあるのでまた午後にでも来てくれますか?」
「わかりました!」
フリックはくるりと踵を返し、勢い良く飛び出して行った。かと思わせて、扉からひょいと顔を出した。

「村長、おれ、絶対強くなりますから。あのひとに負けないくらいに。」

そう言い置いて、村の中へと駆け出して行った。
フリックの茶色い髪の上で、新緑の若葉のように染められた髪が風に揺れる。
そんな少年の姿を目で追いながら、モティは知らず微笑を浮かべていた。


かの青年が守り、救ってくれた命は、今新たな希望の芽を伸ばしつつある。
彼がその身を持って示してくれた道は、多くの次の世代を生きる者たちの中で、少しずつではあるが息づき確かなものとなっている。
闇を恐れず、希望を忘れず。
時に迷い、絶望と悲しみの淵に追いやられながらも。
ただ愛するものを守るために進み続けたかの英雄の足跡を忘れない者がいる限り、その意思は受け継がれていくだろう。


――エルディ。

あなたが命を賭けて守ろうとしたものは、確かに次の世代にも受け継がれていくでしょう。
そして次は彼らが、あなたが愛し守ろうとしたものを守っていってくれるでしょう。


だから。いつかあなたがこの地に笑って帰って来られることを願います。

それまでの間、私たちがあなたの愛する故郷を守りますよ。


村の広場で笑い声を上げる子どもたちを眺めながら、モティは世界のどこかに居るはずの青年に語りかけた。

不意に一陣の風が室内に吹き込み、別の窓から通り抜けていった。
それはまるで、かの青年へその声を届けようとするかのようにするりと舞い上がり、不思議な輝きを秘めてイルージャの青の天空へと消えていった。



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聖剣4プレイ中からずっと、話の断片が浮かんでいたお話です。
…何だか話の展開がFF外伝小説のアレやらアレに被っているなあ…。
私の聖剣観がどうしてもこういう展開を持っているからどうしようも無いのですが。
エルディの呼び名に悩みました。「大樹の騎士」は設定資料集から持ってきましたが、
何だかしっくり来ないです…。その呼び名を普通の人が知っていたかが謎。


2007/08/13


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