どらやき。


りとるれでぃ。 第六話








私はこんなところで何をしているのだろう…
アリスはただその言葉だけを繰り返した。


先程の休み時間、半ば…というか完璧な脅迫とも呼べるお昼休みのお誘い。
人質は静かな休み時間。
差し出したのは、これまた静かな昼休み。
さようなら日常こんにちは喧騒。


犯人の要求通り身代金を持って一人舞台に上がった羊。
それが今の、アリスの配役。
そして、それをニヤリと笑う犯人が羽倉?
否、目の前の少女は、


脚本である。




「………」

「やっほー」


屋上のど真ん中で、シートを広げて手を振っている。
ドアを明けた瞬間の光景はそれだった。
まるで遠足のお昼時間だ。
シートの上には水筒が1つ。


(ここで文字通りお茶でもしようと?)


アリスは思わず額を抑える。
目の前の人物…羽倉ハクラ………
第一印象は人の噂からだった。
凶暴、自分勝手、無邪気、いい噂はほとんど無い。
あったとしてもそれは悪い方に捕らえるのが正解だ。

第二印象は初対面。つまりはさっきの休み時間。
一言で言わせて貰えば、うざったい。
初対面にもかかわらずあの物言い。
私があれだけ拒絶しているのにあのマイペース…

まぁ、度胸というか器のでかさは認めるけど。
あれは思いっきり才能の無駄遣いというやつだろう。




「…………」

「……(ニコニコ)」

アリスが屋上に来てから10分。
のどかな昼休みなど其処には一欠片もなく、黙り込んだ少女と、
これまた黙り込んだ少女がお茶の入ったコップを持ちながら相対していた。
ただし、二人の内、一人はご機嫌な笑顔。
一人は、喧嘩腰と付け加える。

(…………)

アリスは手に持たされたコップと目の前の少女を目で一往復し考える。
彼女の言うお茶をしよう、とは何だろうと。
社会のルールに従うのであれば

『お茶をする』

とは、会話を楽しむ…華を咲かせる。
等という意味に当たる。

談笑、交渉、求愛。中身は何でも良い。
つまりは、『享楽行為』というものだ。

だが、今、まさに此処で行われている『お茶』はもはや罰ゲームといっていい。
アリスにとっては苦痛。
退屈。
そして、苛立ち。

自分の自由時間を奪われ、自分の選択肢を狭められ、今、自分の領域を浸食されようとしている。




許し難い行為だ……―



目の前の少女には何一つ、その権限を持っていない。
ついさっきまで顔も知らない『見ず知らず』の人間だったのだ。
そんな遠い位置にいる少女が図々しくも…

『誰よりも亞璃守の近くに来ようとしている』

確かに、権限などと言おうがそもそもそんな権限はこの世界にありはしない。
誰かに近寄ってはいけない、誰かと親しくなってはいけない、そんなルールありはしないのだ。
だが、言葉と度がすぎれば『干渉』と『侵略』。
仲良くなりたいという羽倉の行動は、亞璃守アリスからしてみれば『攻撃行為』でしかないのだ。





「綺麗ね」

羽倉はお茶を飲みながらそう呟く。

「小さくて綺麗な顔、可愛くて、それでいて綺麗な服、長くて綺麗な髪…」

コップを膝元に戻しゆっくりとアリスを値踏みする。
ニコニコと可愛い自分の人形を自慢するように、アリスの一つ一つを褒め称える。

「でも、何より綺麗なのは…その瞳だね」

(……………………)

アリスの表情が曇る。

「綺麗な瞳…金色の瞳……綺麗…本当に」

首筋、顎、頬…手のひらをゆっくりと滑らせていく。
アリスという美術品を大切に扱うように。


「…綺麗すぎて、気持ち悪いわ」


そこで羽倉の顔から笑みが消える。
笑みが消えたと言うより顔から感情というものが全て消失したよう。
本当にそこから何も伺えない。
一番妥当な言葉で表すのならば、それは退屈、だろう。

「随分…勝手な事を言ってくれるのね」

表情が変わったのは羽倉だけではなかった。

「………」

もし、今この場に第三者がいたならすぐに割って入るかこの場を逃げたであろう。
アリスの表情は、敵意を超えて殺意で埋め尽くされている。

子供でも、直感でわかるくらいに…

割って入らなければ、羽倉は殺されてしまう。
だが、もしこの場に居続ければ…自分もただではすまない。

自分の事を気持ち悪いと言われれば、誰だって不機嫌になる物だ。
子供であるならば感情がストレートに表に出てもしょうがない。
だが、今のアリスは異常だった。
いつもが静かなアリスだけに……



このときハクラは、確実にアリスの心を侵/犯したのだ。


「……綺麗な顔ね。今のあなたはとっても綺麗」

しかし羽倉は怯まない。
より距離を詰めようと、膝を立ててチョコチョコと歩み寄る。

「『だから』私はあなたが気になるの♪」

また笑顔に戻った羽倉の表情。
しかし、今までとは全く違う。


気持ち悪い…―


羽倉の笑顔は、ソレそのものである。








〜つづく〜










 

= あとがき =

ハクラとアリスの出会い編その2です。
スコーンと済ませるはずがアリスの話がどんどんでかく(ぁ
書いてて楽しいけど書ききれるか自分っ!?
みたいな。

―葉桜