どらやき。


ドクターフィッシュが紅魔館にやって来た








「何…これ?」


館の主、レミリアは首をかしげる。

時間を遡る事3時間前。
滅多と外に出ないパチェが外出から戻ってきた。
あのパチェが外出。
そりゃあみんな興味が沸くというものだ。
だけど彼女は


「帰ってからのお楽しみよ」


と、微笑して出て行ってしまった。
一緒に同行した小悪魔も笑っていたからあいつは知っているんだろう…
私に教えず小悪魔が知っているというのは癪だがこの際まあいい。
そして3時間後の今、リビングに差し出された1つの水槽。


「何でしょう…これは」


咲夜もどうやら同じ感想のようだ。
水槽の中を泳ぐ魚の群れ。
黒くて小さい…人差し指ぐらいの大きさだろうか。
それが群れを成して泳いでいる。


「魚よ」

「それはわかる」


質問の内容はそこじゃない。
何故、この『魚』を持ってきたのかということだ。


「それがですね」


小悪魔が割ってはいる。
彼女も少し興奮しているのかテンションが高い。
それほどの物か?


「こーやって手を入れるとですね」

「っ!?」


水槽の中では有り得ない光景が展開されていた。
ただ水槽の中に手を入れた小悪魔。
その手に魚たちはみるみる集まってきて…


「こーやってじゃれてくれるんですよ」


いやいや、小悪魔あなたパチェに騙されてるわ。
それどう見てもじゃれてない。
少なくても口をモゴモゴ動かしながら突っついたりはしないと思うわ。
どう見てもそれ


「小悪魔、あなた…食べられてないかしら?」

「はぁ〜…………ぇ?」


Yes.
気持ちよさそうなところ悪いけれど
咲夜の言う通り…小悪魔、あなたは突っつかれてるんじゃなくて

囓られてるわ。


「そんなまさか〜悪魔を食べる魚なんて聞いた事無いですよ〜ねぇ、パチュリー様」


と、内心焦っているのが丸わかりな顔と声でパチェの方を向く。
きっと笑顔で小悪魔の考えを肯定して欲しいんだろう。


「世の中には、ピラニアという牛1頭を5分で喰らい尽くす魚もいるそうよ?」


あ、パチェ今のはわざと煽って言った。
小悪魔が震えている。
話を聞いたのだからさっさと手を引っ込めればいいのにそのままの姿勢で。
大方腰でも抜けたか恐怖で体が固まったか。
……本当に悪魔かしら。


「2人が言った事はホント。でも体に害がないのも本当よ」


人様の体を喰っといて害が無いとはおかしな話だが、どうやらパチェの話は本当のようだ。
この魚は通称ドクターフィッシュと呼ばれるマッサージの為に使われる魚らしい。
体の古い角質を食べて肌を綺麗にし、血行をよくする。
医療も兼ねた魚だという事。
ドクターの渾名は伊達ではないというところか。


「で、何故これをうちに持ってきたの…パチェ?」

「面白いじゃない?」


………面白い?
そんな理由で、それだけの為に外出をしたと?
…………………怪しいわね。


「楽して健康になれると聞いて捕まえに行ったんですよ。
 後泥棒ネコ対策も兼ねてます」


魚から解放された小悪魔が理由を話す。
あぁ、それはきっと本当の理由だろう。


「ふぅん…」

「い、いいでしょ。別に」


ぃゃ、私は何も言ってないけれどね。


「パチュリー様…普通に運動をされては…」

「うるさいわよ、咲夜」


それは無いわね、咲夜。
彼女が小走りしている姿すらここ数年見ないのだから。
運動したくないためにここまでするなんて…
普通に動いた方が楽だと思うのだけど
何だろう…魔法使いというのはやはり少し頭のネジが違うんだろうか?




◆□□◆□□◆□□◆




さて、更に深い説明を聞くとこれは風呂に入れて全身を、等は無いらしい。
まあ、やってもいいらしいんだけど


「やったらNGよ」


色々と大人の事情があるらしい。
足湯と呼ばれる足を浸けるだけというのが基本なのだとか。


「じゃあやってみようかしら」

「お嬢様…お気を付けて」


咲夜の目が潤んでる。
胸の前で両手をギュッと握って…
それじゃあまるでこれから死にに行くみたいじゃないかしら…
私、ただ魚が泳ぐ水に足入れるだけなんだけど。

ぽちゃり…。


「そんなに大げさになるようなことでもぉぉぉぉお!!!!」

「お嬢様!?」


ぃゃぃゃぃゃぃゃ、危ない危ない。
一瞬全身の筋肉がつるかと思った。
足を水槽に入れた途端魚が私の足に群がってきたのだ。
何とも言えない感触。
虫が這い回るというか…電流が流れる感じというか。


「き…気持ち悪い……!!」


頭に浮かんだ言葉全てを感情の赴くままにはき出せばソレだ。
気持ち悪い。


「んっ!!…これ……くすぐっ…たい……わ…」

「お嬢様、すぐに足を上げてください」

「そうは…いっても!!」


情けないが膝が笑ってしまって思うように動かせない。
これではさっきの小悪魔と同じだ。

(咲夜……)
(お嬢様っ!)

悲しいが自力で抜け出すのが出来ない。
いや、出来るかも知れないが少し情けない姿をさらしてしまいそうだ…
咲夜に抱えられて半ば強引に水槽から離される。
助かった。
けどそれは口には出せない。
大口叩いておいて膝が笑ったなんてことバレたら私のカリスマに傷が付くじゃない。
……誰だ? 既にボロボロとか思ったヤツは!?


「ハァ…ハァ……さて…この魚どうしてくれようかしら」

「今夜のディナーに如何でしょう」

「却下よ、咲夜」


何とんでもない事提案してるのかしらこの子は…
何が悲しくて自分の皮膚を食べた魚を食べなきゃならないのだ。


「ちょっとやめてよね…苦労して取ってきたんだから」


パチェが水槽と私達の間に入ってくる。
そうね、この騒ぎと冷や汗は元はといえばパチェの下心が原因だったわね。


「パチェはこれ、もう試したのかしら?」

「まだだけど?」


パチン、と指を鳴らす。


「咲夜」

「仰せのままに」


意を汲んでパチェの後ろに回り込む咲夜。
なんだかんだとノリノリね。


「失礼します」


そしてガッシリとパチェ羽交い締め。


「小悪魔、水槽を近づけなさい」

「は、はいー!」


ジタバタしても所詮はもやし。
咲夜のホールドから逃げられはしない。
そして目の前をジリジリと水槽が近づいてくる。


「ね…ねぇレミリア……」

「さあ、パチェはどんな声を出してくれるのかしら♪」


楽しい時間は始まったばかりよ。





〜おわり〜










 

= あとがき =

夏に実際コレ経験したのですが
まぁ……友達と笑い合いながらでも無い限りやらないなーというのが正しい感想。
宴会ネタですよね。この魚は?

―葉桜