どらやき。


十六夜 咲夜ノトアル夜








世界は、私には優しくしてはくれなかった。

子供の頃、幾度となく空を仰ぎ、祈った。

どうして、私だけこうも可哀相にできているのだろうか、と。

与えられた境遇、突きつけられた現実、残された孤独。

世界は、いつだって私を傷つけた…



−十六夜 咲夜ノトアル夜−



あの日からどれくらい経っただろう。
時間の流れが曖昧なこの館に生きていて、時間の経過はひどく曖昧だ。
姿形の変わらぬ主達、時間を止めてしまう自分の力。
当時の事を、私はあまり覚えていない。
私は、ただ町の人達に殺され続ける日々だった。
『異端者』『異能』『鬼の子』
穢れが具現化して息を吹いたのが私なのだと、誰もが…
親さえも私に背を向けた。
私は、ただ…泣いて許しを請うた。
泣く事しか許されない少女は…ただ、泣いて謝った。
親に、大人に。
だが、世界は私に殺意を投げかける事を止めなかった。
泣いているというだけで、余計に迫害が増した。
逃げて、隠れて…時間を止めて。
止まっている間、世界すらも見ていない空白の間だけ、私の安息はあった。
そして何年か経った…どれくらい過ぎたかわからない。
だけど私には知識と知恵が備わっていた。

『何故私は、自分よりも弱い奴らに怯えているのだろうかと』

気が付けばその町はちょっとした殺人鬼がうごめくゴーストタウンへと成り果てた。
勿論、その恐怖の対象は私だろう。
そのころ町では1つの言葉が流行った。

『風が止まったら立ち止まるな』

『音が止んだら首を守れ』

『彼女を見たら、諦めろ』

その町では、何かが『止まったら』殺人鬼の作業『期間』だと言う。
おかしな話だ。怪談。都市伝説。風評。
だが事実、人は常に死んでいく。
程なくしてその町は歴史から忽然と消える。
それは殺人鬼の仕業ではなく、人の業によって。

非常識の中で壊されるくらいなら、人の生にとっての常識『死』を自らの手で選ぶ。

そして私は次の生きる場所へと移る。
いや、その時は生きることに疲れていたから知らす知らず、死に場所を探していたのかも知れない。
だから、結果として…私は彼女に出会い、彼女は私を拾った。


そして、今に至るわけだが……


「咲夜…」

窓の外、今日は…とてもいい夜だ。
蝋燭に頼らずとも世界がよく見える。
こんな日は、とても目に映る物全てが幻想的に見える。
明るい夜空も、森も、湖も、この館も…
そして、其処に立つ私自身でさえも。

「咲夜」

呼ばれた気がして振り返ると其処には主の客人がいた。

「パチュリー様」

パチュリー様は、困ったような、呆れたような…
いや、多分呆れていたんだろう。そんな表情で私を見ていた。

「何度も声をかけたのだけど」

そうだったのか…気が付かなかった。
思えばこの距離までパチュリー様の気配に気が付かなかったのも珍しい。
いつもなら…そう、遠く離れた主の呼び鈴すら気が付くというのに。

「今日のあなた、変よ」

「申し訳ありません」

深々と頭を下げる。
確かに今日の私は少し気が緩んでいるらしい。

「レミリアが呼んでたわ」

パチュリー様はそれだけを告げると私を通り越し、廊下の闇に消えようとしていた。
頭を上げ、消えていくパチュリー様を見送りながらふと思った。
それだけを伝えるためにわざわざ私を所に来たのだろうか?
パチュリー様が消えた後も暫く廊下の先を見ていたが
ふと、彼女の用件を思い出し主の間へと急いだ。


◆□□□□◆□□□□◆□□□□◆


コンコン…

「お嬢様、咲夜です」

静かにトビラを叩く。
時間のせいか、静かに叩いたつもりの音は思ったより大きく廊下に響いた。

「入りなさい」

主の声を確認し入室する。
この部屋は、いつ来ても緊張する。
いや、身が引き締まると行った方が的確か…
幼い外見…旧友と笑い、門番をからかい、妹様と戯れ、外からやって来た彼女達との弾幕も、お茶会も…
その楽しかった全てがここでは夢幻の彼方に霞んでしまう。
部屋の壁に大きく抉られた窓…そこから覗く美しい月と夜空。
それを背負って佇む少女に昼間の面影はない。
まごう事無く、この目の前の少女は…
紅魔館が主にして、数百年生きる吸血鬼…
レミリア・スカーレットの真の姿なのだと実感させられる。

「失礼致します」

静かに入室する。
お嬢様の近くに歩み寄り、彼女が言葉を発するまで
沈黙を以て己が返答とする。

「咲夜」

「はい」

紅茶が飲みたいわ…
お嬢様はただそう言った。
それが私の呼ばれた理由なのであれば、いや…
例えそれが理由でなくともお嬢様が望まれているのであればそれを可能な限り実現するのは私の義務。

「すぐにお持ち致します」

私は引き返し、また静かに扉を閉める。
そして、私だけの刻を刻む。
私『だけ』の、私の『ため』の時間。
永遠の刹那は私のために。


□◆□◆□◆□◆□


「お待たせ致しました」

あらゆる過程をすっ飛ばしての行動。
当然『お待たせ』することは無い。
が、これはもう決まり文句だ。

「ありがと」

お嬢様も何も言わない。

…………
………

お茶とカップの音だけしかしない部屋。
お嬢様はただ紅茶を飲み、私はただ空のカップに注ぐだけ。
私はこの時間が好きだ。
私とお嬢様だけの空間。
私の…いてもいい場所………

「咲夜…」

カップをテーブルに置き、お嬢様は私を見ていた。

「お嬢様?」

少しだけ、いつもと様子が違って見える。
いや、そんな事…紅茶を頼まれた時からわかっていた。
紅茶を私に命令される際、あのような顔はしない……

「今日の咲夜は変よ」

………
……

「……異論は無いのかしら」

…………
………

「申し訳ございません」

「その詫びが何に対してなのかは構わないけれど…」

……

「仕事に対して何かを言うつもりはない。
 いつも通りこなしているしこのお茶の味にも問題はない。」

………

「しいてあげれば」

キィ…
椅子から立ち上がり私に近づいてくる。
胸の前で立ち止まり…そっと見上げる……あの紅い瞳で。
お嬢様の瞳は…麻薬だ。
何もかもを忘れさせてしまう…不安も、悲しみも…私という個さえも…
その何もかもが、お嬢様という存在の前では塵に等しく感じてしまう。
それほどまでに…私はお嬢様に心酔しているのだろうか…それとも。

「その眼」

背伸びし、私の顔を両手で覆う…
私が、お嬢様しか見られないように…
お嬢様の瞳しか見つめられないように…
お嬢様の声しか聞こえないように…

「咲夜、あなたは人間よ」

「…はい」

お嬢様のそれは疑問ではなく確定…
ならばその詞は私への問いかけではなく確認事項に過ぎない。

「私は、人間です。弱く汚く、儚い…人間です」

「そう、咲夜…あなたは、弱く…汚く、脆い…
 だけれど美しく、気高い、人間よ」

何時だったか……その言葉は聞き覚えがあった…

「ねぇ、咲夜…」



初めてあった日の事を…覚えてる?





〜おわり〜










 

= あとがき =

つづく…ジャネーヨ
(;・−・)
続いてどーしましょ。
オチなんて考えてナイネー(ぁ
まぁゆっくりしましょう!
ゆっくりした結果がコレだよっ!!
とかなったら指さして笑ってください(ぉ

―葉桜