どらやき。


十六夜 咲夜ノトアル夜・2








世界は、私には優しくしてはくれなかった。

子供の頃、幾度となく空を仰ぎ、祈った。

世界は、いつだって私を傷つけた…

だから私も、傷つける側に回った…

これ以上傷付きたくなかったから。



−十六夜 咲夜ノトアル夜・2−



何年前だろうか…
忘れた、いや、思い出さないようにしているだけ。
少なくてもあれは楽しい思い出ではなかったから。
私という存在を否定した町は…一月と保たず世界から消えた。
近隣の住民は皆、隣街へと逃げた。
だが、彼らを受け入れる町は何処にもなかった。
殺人鬼の正体はこの町の周辺では有名だった。
住民が何をしてきたかも。
否定はしない、だが、降りかかる火の粉を受け入れるほど
人々の心は優しくはない。
彼らもまた、過去の私のようになるのだ。
強いて言えば、彼らにはもう、『何』も残らないわけだが。
…その後の町の人達の事は知らない。
町からいなくなった後、会ってもいないし会いたいとも思わない。
心のつかえが取れたかといえばそうではない…
この心が晴れる日は二度と来ないだろう。
では何故辞めたのか?
答えは簡単、飽きただけだ。奪う事に、奪われる事にも。
拠り所と存在意義を無くせばそれは動くだけの人形と変わらない。
自然、私は『最期』を探して放浪する。
そして辿り着く。幻想卿へ…
この郷のシステムを知った今となっては辿り着いたというより導かれたのかも知れない。
あるいは体のいい餌か。

そして、1日か2日…歩き続けて私は出会ったのだ。
お嬢様と。


□◆□◆□◆□◆□


あれはいつの夜だったかしら…
私にとってはいつもの何も変わらない夜だったから記憶の片隅のも残らないのだけど
日記に記しているってことはそれなりに興味を持った出来事だったのでしょうね。

始まりは本当に何も変わらなかった。
むしろ何時始まったかもわからないくらい自然に。
おそらく、物語の主役達も気付かなかったはず。
レミリアはいつも通り、私の所に来て、私と話をしていた。
といっても私が本の知識をただ一方的に喋るだけなのだけれど。

小一時間して、レミリアが眠たそうにあくびをした。
それがいつもの、この時間の終了の合図。
その後、レミリアは寝室へ、私は読書に戻り一日は終了するのだけれど、今夜のレミリアは少しタフだった。

「生憎、昼に寝て…まだ眠くない」

そう言ってまだ居座るのだ。
眠たそうに目を潤ませて。
とは言っても、このままだと確実に彼女は寝てしまう。
こんな所で寝られては私の読書の邪魔になるし。
かといって寝室まで運ぶのは面倒だ。
小悪魔はドジだし屋敷のメイド達は更にドジな感じがする。

「じゃあ少し散歩でもしてきたら?」

厄介払いとしてはかなり上手い理由だったと思う。
レミリアはよく月が綺麗な夜、散歩をする。
まぁ、よく…とは言っても月に数回程度だが。

「それもそうね」

彼女はそう言い残し、窓から夜空に消えていった。
その後、私は『いつもの夜』に戻るわけだが
そこから先、私の『いつも』は今までと違った意味を持つことになる。
まさか、あのレミリアの館に人間が増える事になるなんて。
縁というのは…不思議なものね。


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その日はいつもと変わらない日だった…
ただ、『いつも』と違って偶然が多かった。

偶然紅茶の葉が切れて、

偶然ホコリだらけの部屋を見つけて

偶然役に立たない門番と目が合い

偶然、昼寝がしたくなり

…必然、夜になり全然眠くない。
まぁ、いつもの時間だと寝ているから体質上あくびぐらいは出るのだが眠くないのは事実だった。
パチェはそれを見栄と思っていたらしいが…失礼だ。

暇な夜はパチェの部屋…図書館で彼女の話を聞く。
大概は途中で眠くなるので適当に流す。彼女もそれを承知している。
パチェの話は私からしてみれば自己満足だ。いや、再認識というべきか。
専門知識がないと…あっても理解できるか怪しい。
それくらい彼女の話は理解しがたい。
自問自答なのか時折彼女本人しか解読できない言葉も入ってくる。

だからこそ、パチェの話は興味が尽きない。
魔女として、パチュリー・ノーレッジとしての考え。
自己満足な話の間に時折見せる彼女の『本質』。
知を、魔を、学び…それらを得る変わりに捨て去った途方もない『平穏』。
限りなく、不安定な生き方。
何処までも利己的な魔女という種別。
それに属しながらパチェは他の魔女とは少し違う…
尽きない興味は、人生において大切なスパイスだ。

私達より膨大な欲を持つ魔女。
そしてそれをも超える人間…
浅ましく、薄汚く…だけど何処か美しいと感じる。
人間…会えるなら会ってみたいとは思うが…
撫でただけで壊れるというのも面倒くさい。

「もう寝たら?」

パチェの一言でふと気づく。
どうやら、彼女の話を聞きながら放心していたらしい。
そしていつもの寝たら? 眠くない、の話となる。
私も昼寝をしていなければ彼女の言葉に甘えて寝室へ戻るのだが生憎、本当に眠くない。
さっき色々と考え事をしていたせいで余計に眠りたくない。

「じゃあ、少し散歩でもしてきたら?」

それはありがたい提案だった。
私としてもさっきの考えをもう少ししたいし

それに、今日は月が綺麗だ。

そして私は出会ったのだ。
あの人間と。





〜おわり〜










 

= あとがき =

回想シーンその1。
気怠そうに厄介払いするパチェ萌え!!!

―葉桜