どらやき。
十六夜 咲夜ノトアル夜・3
世界は、誰にでも平等なんかじゃない。
子供の頃の純白の思いはもう消えた。
神様も、母親も、愛すべき全てが憎むべきものに成り果てる。
それならば、あぁ、それならば…
どうして私は生きているのだろう。
−十六夜 咲夜ノトアル夜・3−
私が町を捨てて数日。
人と会わなくなり幾ばくか経った頃
私は奇妙な霧に襲われた。
大きな森に足を踏み入れた、それが視認できた最後の景色。
まるで意志を持っているかのように、
私を含めた全ての生命を拒む。
その先に行く事を拒絶する。
霧と私が出会ったのではなく、私を見つけた霧が私を多い包むように。
何処まで行っても晴れない…
故に、私はコレに襲われているといえる。
時を止めてみても結局は一緒。
むしろ止めているのかどうかさえわからない…
虫も、鳥も鳴かず…葉も揺れなければ風も吹かない。
全くの無音の世界…そう……私が今まで生きてきた世界に似ている。
セピア色の世界…何もない。何も失わない。全てに置いて不可知な世界。
パチンと、手元の時計に目をやる。
時は止まっていない。
(気味の悪い場所だ…)
自分が踏みしめている地面すら不確かに思えてくる。
まるで水面を歩いているみたいに…自然と足も遅くなる。
自分の生きてきた環境は地獄であったという感覚はあった。
他のどの悲劇にも劣らないと自負できる。…
だが、そんな私から見てもここは…この世界はおかしい。
違和感をぬぐい去れない…この『不思議』を受け入れる気にならないのだ。
だからだろうか…
ここは私の最期にふさわしいと、思った。
□◆□◆□◆□◆□
2日目。
探索と散策を繰り返していてたから霧に足を踏み入れてからさほど距離は稼いでいない。
まぁ、元々目的地はないのだが…
昨日の夜から今日にかけて、少しだけわかったことがある。
ここはどうやら私が生きてきた世界とは少し違うらしい。
何がどう違うのかと問われれば難しいが…
先程からたまに見る小さな光。
あれは昔本で読んだ妖精という生き物だろう。
悪魔や妖怪、神なんてモノがいるとされてるんだ。
妖精の1つや2ついてもいいだろう。
見るのは初めてだが何て事はない。
羽の生えた小さな人。
………概ね、本の絵の通りだ。
初めて目にしたが別段驚くこともなかった。
それなりに非常識な日々を生きてきたのだ…
今さらオカルトを否定することもないし
かえってここに自分以外の生き物がいると判明した方が喜ばしい。
「…誰かが傍にいて嬉しいか」
少し前なら考えられないセリフだ。
殺す相手がいなくて人肌恋しくなったか?
それとも思考が歪みすぎて一周してしまったか?
確かにこのおかしな森に足を入れてから一睡もしていない。
当然だろう。今ここで意識を閉じたら何が起こるかわからない。
それに…それよりも前から……怯えずに眠れたことはない。
………疲れていても……当然だ。
はは…
「ははははは…」
何にせよ、くだらない妄言だ…
我が事ながら……反吐が出る。
人肌が恋しい?
孤独が寂しい?
「ふざけるなっ!!!」
握りしめた短剣を地に突き刺す。
額に手を当て俯く。
光も届かない静寂の森…
何を見つめる出もなく、一喝する。
誰に対してでもない。
この慣れない環境に対して弱く、不甲斐なく……
心が折れかけた自分に対して。
「私は…あいつらを許した覚えはない……!」
母を、父を、友を……人を!
私は私の意志で神に背いた。
私は私の意志で人に背いた。
誰を斬ろうと、誰を殺めようと
いつだって、
刃も
狂気も
引き金も…
振り下ろしたのは私の意志だ。
私に与えられた私の『自由』だ!
私は望んで、今この場所に立っている。
平和を求めてはいない。
安らぎを求めてはいない。
人肌も、幸せもっ!
そんな陳腐なモノ、何一つ欲しくはない…
欲しいのはただ一つ。
「明確な、『私』という終わりだけだ」
『あら珍しい』
(…!?)
『あなた…』
□◆□◆□◆□◆□
さて…
今、私の目の前には人間がいる。
パチェの提案に乗って出てきたものの時間を潰すものが無くて少し困っていた。
ただ月を見て飛ぶというのもいいのだが今日はそんな気分ではなかった。
そう。言うなれば只の気まぐれ。
そこに降って沸いた目の前の珍種。
パチェの言うとおり、気分転換になりそうね。
……しかし…
足のつま先から頭の天辺まで目をやる。
見事なまでに人間だ。
妖怪でもなく、半妖でもなく。
仙人でも魔法使いでもない。
完全に足のつま先から髪の先まで…
(人間だ…)
「あなた…」
本当に人間か?
投げかけようとした……その質問は果たして的確か?
言いかけた言葉を押し止める。
彼女は人間だ。
それは見てわかる。
何の力も感じない…
撫でれば壊れてしまいそうな…弱い身体だ。
だというのに…
彼女はここに生きている。
そして、ここに入ってきている。
(……………)
おもしろいわ……
彼女の、取り巻く全てが謎だ。
興味が尽きない…
「………」
『………』
お互いを見つめ合ったまま…
いや、私はともかくあっちはどうだろう。
私を見ているのか、私の後ろの月を見ているのか。
そもそも私を認識しているだろうか。
…さっきの言葉にも反応しなかったし……
『女の子…?』
良かった。とりあえず私を認識はしているみたいだ。
ならば安心だ。会話というものが成立する。
さて、何から聞こうか。
バタッ…………
………
……
?
思案していた意識を目の前に戻す。
音の出たところは彼女本人から。
突然膝をついたとおもったらそのまま倒れてしまった。
………
とりあえず、彼女に近寄る。
もしや死ぬ寸前だったのか?
それとも実は既に死んでいたとか…
どちらにせよ困る。
この高揚感、どうやって静まればいいというのか……
「………」
仰向けになるように蹴り飛ばす。
これは私の些細な八つ当たりと思ってくれていい。
蹴られた人間は一回転して仰向けに。
女というのはわかっていたけど、結構綺麗な顔つきね。
顔つきは綺麗だけど…服は………
泥と誇りでまみれ所々に傷がある。
それに…夜の闇と泥でわかりにくくなっているけど血の跡…それもかなりの量。
何度か水で落としてあるけど誤魔化しきれるモノではない……
「……人里を追われた殺人鬼といったところかしらね」
………
……
…
もしその結果が事実だとすれば興は削がれる。
とどのつまりは躾が出来ていない駄犬だ。
己の気の向くままに世界に牙をむけ、結果回ってきたツケを払う手段を持たない。
浅はかな……
だがそれは人間の人間たる由縁。
マーブル模様の、ぐちゃぐちゃでドロリと歪んだ思考。
浅ましく、浅はかで、だというのに潔い。
矛盾を孕んだ上で生き続ける生き物。
「……………」
女に目をやる。
不安に満ちた寝顔。
恐らくこの人間は夢の中でさえ何かに怯えているのだろう…
まぁ…一晩の暇潰しくらいにはなるか。
つまらなければ殺してしまえばいい。
それだけのことだ。
正直言って、コレの過去云々、抱えてるモノなどどうでもいい。
私を楽しませる何かがあればそれでいい。
さぁ、帰りましょうか。
〜つづく〜
= あとがき =
ドSレミィはジャスティスッ!!
―葉桜