どらやき。


紅魔館の花見








「美鈴、早く早く!!」
「ああ、待って下さいよ妹様〜!」

窓の外から聞こえてくる賑やかな声。
雲一つ無い青空、さんさんと輝く太陽。
小鳥たちの歌声、風に流れる様々な花の香り。
本格的な春が、幻想卿にやって来た。

「本当に良い天気ですね」

と、そんなどうでもいい感想を述べながら咲夜は窓を開け、 部屋の空気変えをする。

部屋の中に花の香りが流れる。
悪くない。
紅茶とも、古びた書物とも、埃とも違う、紅魔館には無い、新鮮の香り。

「それでは咲夜さん、行ってきまーすっ!」

窓から顔を出していた咲夜を見つけた美鈴が両手を大きく振る。
背中には体より大きな風呂包み。
状況を知らない人が見れば夜逃げか何か と勘違いしてしまうだろう。
……紅魔館の門番の扱いは他方でも有名だし。

大きく手を振る美鈴の横でフランも嬉しそうに手を振る。
右手に日傘を差し、左手には小さなバスケットを。
こちらは夜逃げではなく 散歩、あるいはハイキングといった感じに映る。

「羽目を外さないようにね」

咲夜もそっと手を振り返す。
喜びを通り越して浮かれている美鈴に忠告をするも 本心ではないのか説得力はない。
まあ、これだけ天気が良ければ笑みが零れるのも仕方がないのかもしれないが。

「私にとっては最悪な天気に違いないわけよ」

「はぁ………」

フランもフランだ。よりによってどうしてこんな日に限って……

「お嬢様、本当に行かなくてよろしいのですか?」

咲夜が今一度、数刻前と同じ質問をしてくる。

「せっかくのお花見ですのに」

そうだ。
今日は花見を予定していた………ようなのだ。

話は2時間前に遡る。
咲夜の声ではなく、騒音で起こされ若干不機嫌なところを フランのノックを省略した入室で完全に、 私の欲していた『静かな朝』を壊されたのだ。
これで部屋に乱入したのがフラン ではなく門番だったなら確実に吹き飛ばしていただろう。

「お姉様、今日はすごく良い天気だよ!」

それを吸血鬼である私に言ってどうしろと言うのか。
何処かに行こう?
そんな嬉しいお誘いは是非とも青空と雲の割合が3:7の時にして欲しい。
しかし、屈託のない笑みを浮かべたフランは予想通りの言葉を続ける。

「お花見行こうよ、お姉様」

……こんな素晴らしく嫌いな天気の日に、わざわざ外へ?
何処で教育を間違ったのだろうか。
たまに、彼女の明るさが本当に同族なのか 怪しくなってしまう。

「……フラン? 天気が良いわ」

「うんっ!」

「私は天気が良いのは嫌なの」

「でも雨が降ったら桜散っちゃうよ?」

「雨も嫌なの」

「じゃあ今日行こうよー」

「だから、晴れも嫌なの」



「お嬢様……それではただの出不精です」

いつの間にか部屋の入り口に咲夜が待機していた。
手には私の着替えと、小さなバスケット。

「妹様、本当にパンだけでよろしいんですか?」

「うん、美鈴が具を作ってサンドウィッチにするんだっ」

なるほど。
フランが私の所に来たのは何も私に許可を貰う為ではない、 本当に、ただ誘いに来たのだ。
つまり、実行は決定してた訳か……

「……勝手にしなさい」



そして話は今に戻る。



「行かれないのですか?」

3度目の質問。ここまで来ればそれはもはや催促に等しい。

「しつこいわよ、咲夜」

「日傘でしたらこちらに」

何時の間に用意したのか、咲夜の手元には白い日傘。
そして手にはさきほどフランに渡した物と同じバスケット。

「……何がなんでも行かせたいのね」

「天の邪鬼な主をその気にさせるのも従者の勤めですから」

皮肉を返された。
そうだ。
本音を漏らせば、花見には行きたい。
しかし、ここでフランや美鈴のようにはしゃぐのは如何な物か?
仮にもカリスマの権化と称されるこのレミリア・スカーレットがだ。

「咲夜は、行きたいのね?」

ああ、なんてわかりやすい言い訳だろうか。
ここにパチェがいなくて本当に 良かった……
これを聞かれていればまた暫く、お茶の席の肴にされてしまう。

「お嬢様と一緒に是非」

そして咲夜は当然のように私の動きやすいように促してくれるのだ。
こんなだから、私は咲夜に頭が上がらないのかもしれない。
やれやれ、これではどっちが主か微妙なところだ。

「仕方ないわね、行くわよ」

「はい」


でもまぁ、こんな心地よい関係も悪くない。





〜終わり〜










 

= あとがき =

―葉桜