夜間中学の歴史                         

 第2次世界大戦後、日本社会の混乱の中で、生活のために働かなくてはならず、学校に行けない子どもたちが存在した。そういった子どもたちに学ぶ場を提供することから夜間中学が生まれ、1947年に大阪から始まった。その後数年間、夜間中学は各地に広がり増え続けた。1954年には12都府県に87校、1955年には生徒数は5千人を越えるようになった。しかし、この時から夜間中学は減少する。一つの理由は、社会の安定により仕事をしなければならない子どもたちが少なくなったことである。もう一つの理由は、国が義務教育の建前から夜間中学で学子どもたちを昼間に学習させる方針を示したことである。それにより夜間中学は廃止する方向にもっていかれた。1968年には21校、生徒数400人余りとなる。
 この頃から、夜間中学増設の運動が行われていく。東京の夜間中学の卒業生がその中心になった。1969年から夜間中学は、また増え始める。1972年までに大阪で5校、東京に1校が新設された。1970年代からは、市民運動としての夜間中学増設の活動が行われている。自分たちで資金を調達しながら、週に2、3回学習する自主夜間中学を運営し、地方自治体に対して公立化を要求していくものである。この流れは1982年に神奈川に34校目の公立夜間中学が出来るまで続いた。その後運動は各地で続けられても公立化には至らなかった。奈良県橿原市で自主夜間中学として運動を続けること4年にして、1991年に公立の35校目が出来た。その後広島の1校が廃校となった。2001年大阪の太平寺夜中が8年余りの運動を経て独立校となり、神奈川(横浜市)で1校減って1校増え、2002年現在35校となっている。

   
夜間中学の現状

 2002年4月現在公立の夜間中学は、千葉1校、東京8校、神奈川6校、京都1校、大阪11校、奈良3校、兵庫3校、広島2校の8都府県に35校となっている。
 生徒の年齢は10代から80代と幅が広い。1990年の国際識字年を機に、夜間中学がマスコミで取り上げられ、生徒数が少し増加した。識字問題には貧困と差別が大きく関わっている。それは夜間中学も同じである。夜間中学の生徒には、貧困や戦争のために子どもの時に学校に行けなかった人、被差別部落の人、障がい者、在日韓国・朝鮮人、などがいる。
 夜間中学が担っているもう一つの役割として、中国からの帰国者、難民、結婚などによる日本在住の外国人、といった人たちへの生活のための日本語学習がある。90年代の傾向として、外国人生徒の増加が挙げられる。国際識字年をきっかけに夜間中学の生徒がいくらか増加したが、それにも増して外国人生徒の入学が多く、夜間中学が多様化したことを表している。
 


  奈良県内の夜間中学

公立の夜間中学
 奈良市立春日中学校夜間学級
 天理市立北中学校夜間学級
 橿原市立畝傍中学校夜間学級

自主夜間中学
 吉野自主夜間中学
 西和自主夜間中学
 宇陀自主夜間中学

 奈良県には現在3つの公立夜間中学と3つの自主夜間中学があります。
 子どもの頃に学校に行けなかった、文字の読み書きに困る、生活のための日本語を学習したい、といったことで、夜間中学で学びたいという人がいましたら、下記までメ−ルをください。夜間中学の連絡先などの情報や日本語を学べる教室を紹介します。

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夜間中学教材の部屋 

奈良県国際識字年推進計画(1994年)

「人権教育のための国連10年」奈良県行動計画 



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リンク

東京・江東区自主夜間中学