ここは 「新聞社のホームページを使った夜間中学での学習」
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2003年2月5日作成

 NIE(Newspaper in Education)におけるインターネット活用の一例
 〜新聞社のホームページを使った夜間中学での学習〜
 

              小尾 二郎

(1)NIEとインターネット
 最近、新聞紙上でNIEの単語が、よく見られるようになった。新聞に次のような説明が出ていた。  「●NIE● Newspaper in Education(教育に新聞を)の略。米国で誕生した運動で、日本では昭和63年、日本新聞協会がNIE委員会を発足、翌年から小、中、高校などで実践活動や研究発表会が行われるようになった。新聞が学校と社会とを結ぶパイプ役になることで、活字離れの解消のほか、子どもたちの主体性を伸ばすことなどが期待されている。」 (注1)
NIEに関する記事は各社新聞でも取り上げられている。教育と関連づけることにより、新聞離れを防ごうという意図が見られる。読者の減少は、新聞社の経営に直接関わってくることであるから当然の動きである。
 また、インターネットも盛んになってきている。私自身1998年12月現在、インターネットを始めて2年半に、ホームページを開設して8カ月になる。ホームページは街の掲示板と同じで、誰でも見られるように置かれている。街の掲示板は自分が歩ける範囲でしか見ることは出来ないが、インターネットではホームページの場所、つまりアドレスが分かれば、世界中のどこにあっても見ることが出来る。もちろん、コンピューターや電話回線が必要だが。そしてその内容を自分の居る所に持ってくることも可能である。コンピューターに接続した印刷機でその内容を手にすることが出来る。街の掲示板は内容を記憶するか、それを書き写すことになる。それに比べるとホームページにある情報は、はるかに手にしやすい。
 1998年11月18日に文部省が2002年からの中学校用の学習指導要領案を発表した。(注2)それには、教科の枠を越えた総合的な学習が新設され、国際理解や情報に関する学習が例示されている。また中学校の技術科で、「情報とコンピューター」の項目が必修になり、インターネットのネットサーフィンや電子メールの学習が入ってくる。社会の流れに対応した教育の変化と見ることができる。

  (2)夜間中学の学習と新聞
春日夜間中学(注3)には、10代から80代の人が在籍している。また入学前の学校教育体験も個々で異なる。夜間小学校がない現状では、未就学の人も夜間中学に来る。夜間中学に来て初めて鉛筆を持つという人から、中学校の途中まで勉強したという人までいる。成人の学習においては、10代の学習と同様にはいかない。例えば文字の大きさ一つをとっても年配の人には読みづらいので、教科書がそのまま使えない。内容も夜間中学生の社会経験と照らし合わせると、適切でないものがある。
 教科書が使えないということで、夜間中学の教材は自主作成となる。夜間中学で学ぶ人は、夜間中学生であるとともに社会人でもある。成人は子どもよりも社会への関心が高い。そういったことから、夜間中学の教材を新聞に求めることは以前から行われてきたし、私もそうしてきた。
 夜間中学で学ぶ生徒さん(注4)の、
「せめて新聞が読めるようになりたい。」
という切実な願いがある。新聞は日本の社会で広く読まれている。社会の情報を知る上で、重要な位置を占めている。新聞を読み情報を活用することは、日本社会で生活するための基礎的な力と言える。
 識字に対応する英語として「Literacy」(リテラシー)がある。日本語の識字は、リテラシーの意味としては限定されたものである。このリテラシーの使われ方として、コンピューターや多チャンネルテレビを使いこなす能力を意味する「コンピューター・リテラシー」(注5)や「メディア・リテラシー」(注6)がある。文字の読み書き能力が社会を生きるために必要なように、メディアやコンピューターをうまく使いこなすことが必然となる社会になっていくことが予想される。そういう社会の流れに逆らうことは難しいが、そこから疎外される人が存在することを忘れてはならない。
 文字を読み書きできることが当然だと考える社会では、それができないと社会から疎外される。インターネットによって家に居ながら世界とつながるなど、科学技術の発達は人間の生活の可能性を広げてきた。しかしそこに参加できない人にとっては、何の恩恵もない。機械の扱いやすさといったコンピューターからの人間への接近や価格が下がり買いやすくなるなど、コンピューターが多くの人に普及するには条件がある。インターネットにより、さまざまな情報が社会に流れるようになり、発信や受信も自由になってきている。情報に関して、確実に社会が変わってきている。科学技術の発達が人間社会を便利にすることは事実としても、それが全ての人にに良い結果をもたらすものではない。識字問題が夜間中学の課題の一つであり、今後の情報社会への夜間中学としての対応も考えていかなければならない。

(3)夜間中学の学びに関して
 夜間中学には、今までの学習状況や学習目的が異なる人が集まっている訳だから、それぞれに応じた学習をするというのが考えられる。夜間中学内の議論で、
「足の大きさが違うのだからそれに応じた靴が必要」
というのがある。個に応じた、つまり個別学習の必要性を言ったものである。一斉学習は、30人40人を相手に一人が指導していく形をとる。学校の多くが、この形の学習となっている。安い費用で、均質の教育を行うのに適している。しかし、学習者個々の事情はあまり考慮に入れられない。同じ年齢の子どもへの教育とは異なり、年齢の幅の広い多様な人がいる夜間中学では、一斉学習を行うことが困難な場面がある。
 一斉学習が困難なことから、夜間中学では個別学習が行われることが多い。私は個別学習の良い点を認めるが、それだけでも不十分と考える。一斉学習にしろ、個別学習にしろ、教員が主導の学習に変わりがない。「タイの首都はバンコク」や「水が氷になる温度が0℃」のような知識を増やす学習が、学校で多く行われている。言い換えると情報を伝える学習である。一斉学習や個別学習では、教員が主な情報源となり、情報源は一つである。
 それに対し、情報源が参加者全員となる学習がある。私は相互学習と呼んでいる。一つの課題が提示れると、それに関する意見や体験を参加者がそれぞれが出し合う。それにより互いが学習してしていく方法である。私は夜間中学で、相互学習を重視してきた。同じ部屋の中で学習していても、個別学習のように個々の内容が違えば学習者の意識が一緒になることは難しい。学習内容が同じであれば、学習を通して仲間意識もできやすい。また相互学習では、その場にいるそれぞれの人が情報を発するということで指導者であり、また情報の受け手ということで学習者になる。夜間中学には多様な人が来ているので、参加者から多様な学習をすることが可能となる。それが学びを豊かにすると思われる。新聞という教材を通して、私は以前からこの相互学習を行ってきた。

(4)学習へのインターネットの活用
 現在私が担当している学級は、中国残留孤児とその配偶者、結婚により日本へ来たフィリピン女性、そして日本人といった人達が学んでいる。1998年の4月からこの学級の担当となった。学習の目的が、日本語学習、文字の読み書きというように分かれる。中国からの人は漢字そのものには抵抗はないが、年齢が高いことから日本語の習得に苦労している。フィリピンからの人は若いので、日本語会話の学習は早いが、漢字の読み書きには苦労している。日本の人は、子どもの時に学習が出来なかったので、読み書きや言葉の意味の理解に苦労している。
 それぞれに違った課題を抱えているこのような人々に、どのような学習を提供できるかを考えた。内容を考えるところから、夜間中学の学習の組み立てが始まる。既にカリキュラムや教科書があり、それに従って学習を進めるのとは違う。先ず学習者の目的、ニーズとも言えるが、それが何かを探すことが必要である。そして学習する人々が変われば、学習内容や学習の組み立てが変わってくる。学級の一部の人が入れ替わったりすると、それにより学習が全く違ったものになることがある。それが夜間中学の学習の困難さである。状況に応じた柔軟さが必要になる。
 学習者の実態から、新聞の記事をそのまま教材として使うことは難しいと判断した。それで、文字数を減らすことを含め内容を要約し、口語に近い表現に書き直して、教材とすることにした。日本の新聞を使うと書き直す時に元の表現に引っ張られると思われたので、英語から日本語に訳することを中心にした。日本国内の情報だけでなく、海外の情報も得られるということから、インターネットの新聞社のホームページを活用することにした。ただ、基本的な使い方は新聞と同じである。
 いくつかの国の新聞をインターネットで探した。中国、韓国、台湾、フィリピンなどを見たが、中国語、ハングルは分からないし、英文を探した。新しい記事を使いたかったので、記事が毎日更新されるものを選んだ。記事の内容によっては、一日遅れると状況がまったく違ったものになる場合もあるからだ。「トップニュース」、「アジア太平洋」、「中国」といった項目分けがしてあり、使い易いということで香港の新聞のホームページを利用することが多くなった。

(5)学習の様子
 新聞を教材として使っての学習は一週間に1日おきに3時間である。日々新しいことが新聞の特長であり、それを生かすためにも当日かせめて前日の新聞記事を使うことにした。新聞を使うのは、日常生活の単語から言葉の世界を広げ、語彙を増やすという目的がある。文章を読むことも大事だが、情報を生活に活用することも必要である。個々の単語の理解とともに、文章全体が意味することを把握するのも重視した。
 中国帰国者には、漢字を通して内容を理解できるということがある。もちろん同じ漢字でも中国語と日本語では意味が違う場合もあり、その点は注意が必要である。生徒さんが分からない単語を日中辞典で調べて中国語を板書する形を取った。それで理解できる人はいいが、分からない人がいる時は、理解した人が中国語で説明することになった。フィリピンからの人には、ホームページから得た英文の記事をそのまま渡し、内容理解の補助資料とした。教室内に補助の黒板を置き、説明用に使った。母語が違う人が学ぶ場なので、それぞれに違う説明を対象者を分けてしなければならない場合があった。
 香港は地理的にも、国際的な社会情勢からも耳目を集める立場にある。フィリピンに近くて、9月にフィリピンの航空会社が廃業を決めた(資料11参照)後、香港の航空会社がフィリピン国内で飛行機を運行していた。また1997年に中国に返還されたとは言え中国から独立した状況が見られる。(資料3参照)台湾やチベットと中国政府との関係は、自主独立の立場で記事を書いていた。日本のニュースと同じ事柄であっても、視点が違うように感じられる事があった。日本では報道されないニュースが、海外で取り上げられていることもあった。
学習に選択した具体的な内容として、世界の大きな出来事は取り上げるようにした。事件があった場合は、その国の新聞の記事を使うようにした。1998年5月にインドが核実験をしたが、その時にはインドの新聞から。(資料1)6月にはアメリカ大統領が訪中したが、その時はアメリカの新聞からと言うように。(資料7)その他に、韓国、台湾、中国、フィリピン、タイ、そして日本の新聞を取り上げた。学習に関心がいくように、フィリピンの大統領選挙(資料2)や中国の大洪水(資料9)などのそれぞれの国内の問題も入れた。日本語の文章を作るときは、200字程度にした。そこにルビを打ち、拡大コピーしてB4サイズの大きさにし、教材とした。(注7)
 学習の進め方は、先ず私が音読し、それから文章中の単語を板書する。その間に生徒さん個々で意味の分からない単語を調べたり、互いに教え合ったりする。私も一緒になって調べることもある。漢字を書く練習をする人もいる。成人ということもあり、こちらからこの漢字は覚えましょうと言うことはなかった。学ぶ人が自分に必要だと思えばそれを学習すればいいと判断した。覚えたい漢字は生徒さんが選択し、それを練習するように私がノートに書くことはあった。
 その後、生徒さんが板書した単語を読み、そして文章を音読し、意味の確認をする。これらの学習を終えた後、生徒さんが持っている情報を話してもらう。相互学習であり、話し合う時間を一番重視した。その時には、日本語を話す練習にもなると考えてのことである。
 フィリピンの航空会社が廃業すると決まった時のニュース(資料11)でフィリピンからの生徒さんは、会社がなくなる事はないと言っていた。その言葉通り、1週間もしないうちに会社再興の記事が出た。10月の終わりにあった、中国の北京から昆明に向かっていた飛行機がハイジャックされて台湾に行った事件(資料12)では、香港経由で中国に機体が戻された記事が出ていた。台湾と中国の間には台湾海峡があるが、そこを直接越えられないことを中国からの生徒さんが話した。そういったことが、私の意外な事だったり知らない事だったので、印象に残っている。私も学習者の一人として参加していた事になる。成人がする相互学習の一つの特徴かと思われる。

(6)学習を振り返って
 生徒さんに話してもらうことを重視したが、単語の意味を調べるのに手間取って時間がなくなることがあった。年配の中国帰国者は話したいことがあっても日本語にならず、筆談になることが何度もあった。  文章の内容理解で生徒さんが分かったと言っても、どう理解したのか分からない事があり、間違った意味で理解していないかと、私が不安になることがあった。
社会に関心がある人にとっては、それなりに楽しんで学習できたかもしれないが、自分の生活に追われ時間や気持ちに余裕の人にとっては関心のない学習になったかもしれない。
 同じニュースの取り上げ方の比較として、日本の新聞と外国の新聞を同時に読むという方法が取れたかもしれない。それは日本国内の複数の新聞でも考えられる。文章量が増えると私が担当した人では難しいと思われるが、学習者によっては可能である。
中国の情報に関しては中国帰国者が、フィリピンの情報に関してはフィリピンで育った人が、それぞれ私より詳しい。生徒さん個々で、私にはない情報を持っている。それぞれが情報を提供することにより学習の内容が豊かになった。また個々の話を聞くことによりその人の背景を知り、それが相互理解に役立ったのではないかと思われる。
 新聞を活用した学習では、その目的により使い方が変わってくる。私の実践では、文字の読み書きと社会の学習を兼ねて行ったことになる。教科の壁を越えての学習ということで、これから文部省が行おうとしている総合学習の先取りだとも言える。
 以上、思いつくままに感想めいたことを書いた。私の教育活動は不十分であるが、今後に生かせればと考えている。


注釈
(注1)産経新聞 1998年 8月 6日 夕刊 
(注2)朝日新聞 1998年11月19日 日刊
(注3)私の職場は春日中学校夜間学級で、「中学校の夜間学級」ということになるが、夜間中学」の方が分かり易いとの判断から、この表現にした。
(注4)夜間学級で学ぶ人はほとんどが成人なので、「生徒さん」という呼び方をしている。それに従っての表現である。
(注5)菊地久一 「〈識字〉の構造 −思考を抑圧する文字文化」 253ページ
(注6)「情報・知識imidas1998」 653ページに「マルチメディア時代を迎え、多数のテレビチャンネルから見たい番組を選択したり、ホームビデオやパソコン、ワープロを使って作品を制作するなど新しい形の自己表現を行い、インターネットで世界的な規模での情報のやりとりをするために、これからのメディアを使いこなし、コミュニケーションをする能力が必要となる。この能力がメディア・リテラシーである。」とある。
(注7)資料として、時間の経過に従って私が作成した教材と原文を添付しているので、そちらを参照していただきたい。資料では実際に使った教材を4分の1に縮小している。資料の中で、資料5が私の作成した教材で、資料6が原文である。資料13と14についても同様で、香港の新聞からのものである。資料15と16についても同様であるが、韓国の新聞からのものである。


参考文献
 菊地久一 「〈識字〉の構造 −思考を抑圧する文字文化」 勁草書房 1995年
 古瀬幸広、廣瀬克哉 「インターネットが変える世界」 岩波新書 1996年
 村井 純 「インターネット」 岩波新書 1995年
 村井 純 「インターネットU −次世代への扉−」 岩波新書 1998年
 「情報・知識imidas1998」 集英社 1998年



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