ここは 「夜間中学での数学実践から」
http://www5.kcn.ne.jp/~jkobi/yt-sugaku.htm です。
1998年4月1日作成

 夜間中学での数学教育の実践から

                  小尾 二郎
 
 (始めに)
 私は、夜間中学に勤務して約8年になる。公立の夜間中学は現在奈良県内に3校ある。子どもたちが学ぶ中学校とはかなり様子が違い、内情は教育関係者にもあまり知られていないのではないか。私は夜間中学勤務の多くの期間を数学教育にかかわってきており、この実践から私なりの考えをまとめてみた。私の教育実践が、教育を考える上での一つの材料になれば幸いである。

 (1)識字の観点から
 日本には、「読み、書き、そろばん」と言われる言葉がある。同様に英語に「3R’s」(Reading,Writing,Arithmeticの3つのR)との言い方がある。どちらも基礎的な識字能力を表したものである。読み、書きに加えて計算能力が識字の概念に入っているのが一般的な考え方である。 夜間中学の学習内容と識字の関わりの一つ目は、教育の基礎としてである。夜間中学に入学前の学校経験で、小学校に一日も行っていないという未就学者が44.3%、そして小学校中退が23.6%にもなることが、全国の夜間中学の調査結果が示している。(平成5年度中学校夜間学級実態調査 文部省 より)これは春日中学校夜間学級でもよく似た状況である。夜間小学校のない現状だから、夜間中学に文字の読み書きの最初から学ぶ人が多く存在する。
 二つ目は、機能的識字との関わりである。日本などの先進国と言われる国の社会では、日常生活に必要な簡単な文の読み書き能力だけでなく、より多くの能力がなければ社会活動に参加できない。社会参加を継続していく能力としての識字が機能的識字である。これを日本社会で考えてみると、「個々の家に配達される情報伝達手段としての新聞を読み、自分が必要とする情報を得ることだ。」と言えるだろう。これは読み書きの技術的な面を考えると中学校卒業程度の学力になるのではないか。夜間中学で学ぶ生徒さんがよく言う言葉に「せめて新聞を読めるようになりたい。」というのがある。これは、生徒さん側からの願いであり、同時に日本社会で人間らしく生きていくのに必要な能力とも言える。
 今述べたこれらの二つのことは、夜間中学に入学時と卒業時に関わる問題である。また実際に読み書きができるという技術的な面の他にもう一点、精神的な面がある。文字の読み書きができないことで社会から阻害され、自分でも自身を精神的に抑圧して生きてきた。そのような状況から自分の精神を解放し、自信をもって社会と向かい合えるようになっていくことが技術的なことよりも重要なことである。夜間中学の教育では、技術的なことと精神的なこと、両方を追求していく必要がある。
 
 (2)教材への考え方
 夜間中学では、中学校課程の教科書そのまま使用することはほとんどない。生徒さんが成人であり夜間中学入学までの学校や生活の体験がそれぞれ異なるために、教科書が使えない場合が多い。また個々に応じた教材が必要なことが多いので、教員が教材を自主編成している。どのような教材を作成していくかが、夜間中学の教育活動の大きな部分を占める。
 ただ単に、文字や漢字を覚える、あるいは計算するだけの教材は「閉じた教材」と言える。一枚の教材があったとして、その紙の上から一歩も外に出ない、つながらないとも言えるが、そのような教材である。一つの文字が次のものと何の関連性もなく並んでいるのをこなしていくのは、知識を増やしていくだけであり、全体の構成には何も考えがいかないしその必要性もなくしてしまう。
 これに対して、日常生活や社会とのつながりがあり、学習したことを直ぐに生かせるような教材は「開かれた教材」と言える。一枚の教材があったとして、それで一つのまとまりがあるのが少なくとも必要である。紙に書かれた内容を学習の中でどう広げるか、またどう深めるかということになる。教員は教室での学習で生徒さんとの共同作業により、初めは一枚の紙であったものを広げて厚みをつけ、内容を豊かにしていくという存在である。 「閉じた教材」「開かれた教材」は、私の個人的な表現である。このことは、100%完成された教材とそうでない教材と言い換えることができるのではないか。導入から結論まで教員がすべてを予定した中での学習では、型にはまった学習になってしまう。夜間中学での教材の完成度は、50%までが望ましい。生徒さん自身が学習内容を広げていける部分が多ければ多いほど良い教材になるのではないか。教材の選定にあたっては、生徒さんの関心を引き生活体験と重なる内容を作っていかなければならない。この作業に示唆を与えてくれるのは、学校などの生徒さんとの日々の生活の積み重ねである。
 
 (3)夜間中学における数学について
 夜間中学の学習で識字が中心を占めるのだが、どうしても読み書きに重点が置かれている。その内容や教材についてはいろいろと工夫がされてきた。しかし、生徒さんの文や文字に対する要望が強いこともあり、数学に関してはそれほど重要視されてこなかった。計算が数学であるという意識が、生徒さんにも教員側にもあるように思われる。夜間中学では、数学教育の内容についてあまり議論されてこなかった。
 夜間中学における数学の内容は、基本的に二つのことが考えられる。一つは数学の教科としての内容の深化である。高校に行くことを考えて入学してくる人はいるが、それ以外に夜間中学で勉強する中で高校へ行きたいと思うようになった人もいる。数学の学習を続けていけば必然的に高校での学習につながっていくと思われる。その学習では、単に計算ができればいいというのではなく、小数なら小数のもっている意味をつかむための計算練習をする、ということである。概念把握に重点を置く学習内容を組み立てることが必要である。
 もう一つは、生活に必要なものとしての数学の学習である。日常の生活の周りには買い物での計算など、数学と関わりのあるさまざまなことがある。また、機能的識字の観点から、新聞の情報を得ることである。新聞には文字や文をだけでなく、統計資料も掲載されている。新聞を読むうえで、統計資料が理解できれば新聞を活用する内容が多くなる。この学習は学級全体が同じ教材で取り組めるので、学級の一体感が出る。お互いに教え合うとか、話し合いをする中で教員からだけでなく生徒さん同士での相互学習もでき、学習内容が豊かになる。
 
 (4)教育実践から
 具体的な教材作成について、先ず考えたことは、新聞の情報を得るためのグラフ学習である。棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフ、帯グラフを取り上げた。一時間の学習で一つのグラフを紹介し、実際にグラフを個々でかいていった。内容は、折れ線グラフでの公立夜間中学の学校数の歴史的な変化や帯グラフでの夜間中学の生徒さんの国籍別の割合など、生徒さんに関連のあるものとした。
 また、奈良県内の市町村の面積や人口、新聞の気象欄からの最高気温と最低気温の一週間の移り変わりなど、身近な内容で行った。これらの内容は、数学だけでなく社会や理科との関連がある。理科の気温に関する学習を行った後、校舎内に最高最低温度計を置いて毎日の気温を測定し、グラフに記録するという活動につなげていった。建物の中での測定で正確ではないが、授業が夜になる関係から外での測定が困難なためにこのような形をとった。
 グラフではないが、他の時間に家庭科との関連で、家計簿や栄養摂取についての学習を行った。生の野菜を教室に持っていって、実際に重さを量り、一日にどれぐらいの量を食べるのがよいのかを検討した。日常的に家事をする人が多いことから取り上げた。これらのことから、数学の教科の内容にこだわることなく他の教科との関連を考えることが、学習の内容を豊かにするし、生活に近づいた形の学習ができるように思われる。
 計算の練習では、電卓を使うことから始めたことがある。スーパー・マーケットのレシートを拡大コピーし、それを教材にした。これも日常生活に役立てるとの観点からである。レシートにある情報からは、足し算だけでなく、同じ品物をいくつか買った場合の掛け算や消費税のことも読み取れる。それで、レシートの情報の見方を学習した後、電卓での掛け算、消費税の意味の学習や計算の方法を練習した。生徒さんからは、「消費税の意味が今までよりもよく分かった。」などの感想が聞かれた。
 電卓の活用は、筆算との併用ということで計算練習の時も行った。足し算、引き算、掛け算、割り算のそれぞれの計算練習を筆算でした後、同じ計算を電卓でした。計算の意味が分からないまま電卓をたたくだけでは十分な理解にはつながらない。いろいろな種類の計算をすることによって電卓の扱いに慣れるというねらいもある。筆算と電卓との答えが違うときには、どちらももう一度やり直すという、検算としての活用が見られた。
 生活関連ある内容としては他に、長さや重さの学習をした。cmからmへやkgからgへの読み替え、またその逆の練習をした。この内容には小数が関連しているので、小数の導入としたことがある。電卓の使用は小数の計算でも可能だから、その学習でも活用した。
 図形では、身の周りにある平面図形から始めた。図形をかくのは初めての人も多い。形としては知っていても、定規やコンパスを使うのが初めてだという人がほとんどである。道具を使いながら正確な図をかく練習を行っていった。平面図形の後、立体の作成を行った。立方体、直方体、角柱、角すい、を作った。さらに可能な人には、円柱、円すい、正多面体へと移っていった。
 生活関連の内容と数学の教科としての内容を完全に分けることはできない。どちらも互いの重なりがある。計算の練習は、概念把握のために必要であり、何のための計算か分からなくなるような内容は避けた。計算練習継続は計算の仕方定着のためにある程度は必要だが、昼の中学校で使われているような既製の問題集をそのまま使用することはしなかった。自主作成かあるいは既製の問題を取捨選択することで、夜間中学での教材とした。数をこなすことよりも確実に問題を解けることに重点を置いた。そのために同じ問題を何度も繰り返して行うことにもなった。
 
 (5)評価として
 私の実践の元になったのは、パウロ・フレイレの理論である。フレイレはブラジルの教育学者で識字教育の実践に長年関わってきた。彼の理論の中に、銀行預金型の教育と課題提起型の教育がある。知識の断片を蓄えていくようなのが銀行預金型の教育である。現在の日本で子どもたちに行われている教育にこのような傾向が見られる。一方、課題を提起することにより参加者が話し合いを進めて学習を深めていくのが、課題提起型の教育である。成人は、生活での経験が豊富であるために問題に対する解決方法を経験的に知っている。それを話し合いの中で相互に学んでいくというものである。
 数学の学習を夜間中学で行うと、進度に開きが生じる。従ってどうしても個別教材になっていく。それを追求していくと、教員一人に生徒一人という一対一の対応が最善となっていく。個人の学習が内容の濃いものになっていくが、それがいつもいいとは限らない。一人で学習して得る学習の満足とグループで学習のそれとは質的に異なる。グラフをかくといった作業で、早く終わった人がまだの人を手伝うといった、相互に支え合う様子も見られた。もっともすべてを学級全体での学習にするのは、それはそれで問題がある。個別教材と統一教材という、質の違う学習の組み合わせを考えていくことが重要である。
 一つのグループに適した人数は、一時間の学習の中でみんなが発言できるのが望ましいから、5人から15人がいいと思われる。この人数は、個別教材を実施する場合に、一人の教師が机間巡視できる人数にもなるのではないか。また机の配置については教員も含めて一人の参加者として対等になる関係の互いに顔の見えるまるく座るあるいは「コの字」形が望ましいと思われる。
 新聞に掲載される円グラフなどをを理解するために、割合の学習が必要である。これをよりよく理解するためには、小数や分数の概念把握が必要となってくる。機能的識字の観点から生活関連の学習内容は、割合の理解といった目標が設定される。
 1年間数学を担当した結果として、生徒さんの数学への理解は深まったと思われる。高校へ行くための学習をしていた人を数年にわたって担当したことはあったが、生活関連の内容を主とする生徒さんではそのようなことはなかった。今後の課題として、生活関連の学習を主とする人が数年間継続学習した結果として、どのような評価ができるかということがある。私は学期の始まりに生徒さんに学習内容についての希望を聞いてきた。それを参考にしながらできるだけ学級全員の意向に近い教材を入れることも行ってきた。学習を行う中で出てきた生徒さんの意向も入れるようにしてきた。教材を自主編成していく、このような手探り状態はまだまだ続きそうである。

 
*参考文献
パウロ・フレイレ著 小沢有作ほか訳 「被抑圧者の教育学」 亜紀書房 1979年
日本社会教育学会編 国際識字年10年と日本の識字問題」 東洋館出版社 1991年
元木健 内山一雄 共著 「識字運動とは 国際識字年を機に」 人権ブックレット18 部落解放研究所 1989年

夜間中学教材の部屋 へ

春日夜間中学のページ へ

夜間中学トップページ へ