世界遺産 吉野 千石タクシー
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吉野山世界遺産 吉野エリア

吉野山は日本屈指の桜の景勝地として知られている。その理由には、山岳宗教「修行道」との密接な関係がある。「修行道」の発祥は飛鳥時代にさかのぼる。このころは、まだ素朴な山岳宗教だったと考えられるが、時代を経るに従って、修行道は隆盛し、修行道の本尊である「蔵王権現」を祀る吉野山や大峯山への参拝も盛んになった。また、蔵王権現の御神木が、桜とされたことから、その桜が献木という形の宗教儀式になり、桜が植え付けられてきた。このあたりが、千年来桜と呼ばれる由縁である。
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吉野神宮

吉野山の北麓にあり、1889年、明治天皇をしのんで創建されました。後醍醐天皇を祀っています。社殿は約10年を費やして1932年に改築が完成。古今の神社建築の粋を集めた、総桧造りの建物です。この地は、大塔宮(後醍醐天皇の皇子、護良親王)が吉野に挙兵されたおり、北条幕府方に占拠され本陣になったところと言われています。正北面を向く本殿は、京を恋しく思われた後醍醐天皇の心情をうつしたのだといわれています。展望がよく、ここから葛城山、金剛山が見渡せます。  
仁王門(国宝)

三間一戸、人母屋造り、本瓦葺の楼門で、門前町本通りのつきあたり、右段の上に建っています。1456年に再建されたました。南向きの本堂が山上ヶ岳からの巡礼を迎えるのに対し、この門は北を向いています。大阪や京都から逆峯入りする信者を迎えるためと言われています。
金峯山寺・蔵王堂(国宝)

金峯山寺は吉野山のシンボルであり修験道の根本道場です。金峯山とは吉野山から山上ヶ岳(大峰山)にいたる山々の総称で、“金のみたけ”という意味。山上ヶ岳にある大峰山寺への玄関口の役割を持っています。創立年代は不明ですが、その昔、役行者が金峯山を開き、平安時代に聖宝理源大師が蔵王権現像を安置したといわれています。以降、中世において隆盛をきわめ、現在も金峯山修験本宗総本山として偉容を誇っています。

蔵王道は金峯山の高台にそびえたつ、東大寺大仏殿に次ぐ木造の大建築です。現在の本堂は1592年に再建され、室町末期を代表する建造物です。正面5間、側面6間、建物の周りに藻腰を付けた入母屋造り、桧皮葺。高さが約34mもあるので、吉野を巡る折々にその威風を見ることができます。本尊として3体の蔵王権現像をまつり、中尊の高さは7m余りの巨像。また、内陣の2本の金箔張りの化粧柱や須弥壇は太閤秀吉が花見の際に寄進したものといわれ、桃山建築の美しさを残しています。
吉水神社

もとは吉水院という、金峯山寺の格式高い僧坊でしたが、明治のはじめに後醍醐天皇、楠木正成、宗伸法印をまつる神社に改められました。吉野へ潜行された後醍醐天皇を、吉野大衆の中でも特に力をもっていた住職、宗信法印がお迎えし、吉水院は一時行宮となります。源義経が静御前や供のものと逃げのびてきたのも、太閤秀吉の花見の本陣となったのもこの社です。南朝の古文書や武具、秀吉の花見に使われた楽器など、100点を超える宝物が残っています。また、初期書院造りの傑作といわれる書院建築です。
吉野水分神社(重要文化財)

水の分配を司る、天之水分大神を主神としています。子宝の神として信仰されています。桃山様式のたいへん美しい本殿や楼門・拝殿などからなる神社で、豊臣秀頼の再建。本殿は一間社春日造り、左右の2殿は三間社流造りで、3殿を1棟続きにしてあり、庭を挟んで左に拝殿があります。虹梁・長押など彩色した彫刻が施され、とても華やかです。
金峯神社

奥千本に、杉や桜の老樹におおわれて鎮座する古社。祭神は吉野山の地主神、金山毘古命。国宝・藤原道長の経筒を収蔵(京都国立博物館に寄託)。境内左の坂道を3分ほど下ると、義経が弁慶らと隠れた義経隠れ塔があります。
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