謀り事

 

                                    中井龍彦


 

崩落の被害大きく執りあげる森林便り三百部刷る

 

床したに青蛇ねむる床うへにわれもねむりて同床の異夢

 

夜をこめて人らゆきかふ東京に福島県のひかりは寒き

 

朴の葉のひろがりゆくを待つ人の謀り事すら知られざる村

 

梅雨空の下にて生きしものらみな過去世の罪をおもひゐづる日

 

朝明ごろ雨のにほひのする森に寡黙に入らむわれら山びと

 

ぽきぽきと手折りし朴の葉を数へまた来む夏を迎へむとする

 

受刑者がつくりし枕頬にあて夏の昼寝の流刑地の夢

 

濡れ道にひかるライトを見つめつつ離散家族の顛末を問ふ

 

さみだれの降りつづく日の被災地に海よりひくくなりし町あり

 

地に埋めし大根語る夜なりけり常磐津などを語りゐるらん

 

狐憑きの女住みゐし向こう屋に今は和田さんなる人が住む

 

山畑をうちつつ聴けるポケットのラジオドラマに熟れゆくトマト

 

子どもらの声のむこうに顕れし入道雲は父ははのかを

 

あき寺に白さるすべり咲きし日に集ひし人ら風にうはさす