実体経済と仮想経済    中井龍彦


 平成二十年は、エネルギー危機、金融危機、雇用危機の三重苦で終わった。この三つの危機の因果関係を、グローバル化した資本主義システムの崩壊という言葉で言い切る人もいる。また、経済を実体経済と仮想金融経済に分け、一方ではものづくり、また一方では金融工学の駆使などと住み分けているうちに、世界経済という肥大化した風船は、自ら萎みはじめたとする人もいる。では、その実体経済と仮想金融経済の接点はどこにあるのか?

 木星は太陽系最大の惑星で、ほとんどが水素やヘリウムから出来ている。投機マネーが跳梁する仮想金融経済もこのガス惑星のようなものであり、遠くからは見えるが、中に入るともやもやとしたものに見えるだけだ。もちろん手でつかむことも出来ない。では中心に核になるものがないのかというと、ガスが固まってできた液体金属が存在するという。この液体金属を経済の(実体)と考えるとわかりやすい。ガスが総て消えれば、中心の金属が姿を現すだろう。しかしまた、ガスが消えれば金属であるはずの(実体)まで消えてしまうかもしれないのだ。

 経済はヒト、モノ、カネが市場、情報を通じて流動する生き物であるとよく言われる。ヒトがモノやカネを動かすことで雇用が生まれ、私たちの生活もその上に成り立っている。しかし、カネは雇用や消費と関わりなく、自己増殖することのできるガス体のような性質を持つ。一方モノは地球上の限られた資源から造られる(実体)であり、ヒトによる生産,消費と一対のものだ。この二者のつながりを、市場は無視し続けたのではないか。あたかもモノづくり部門と金融部門の間に、空気さえかよわない仕切りがあるかのように・・・・。そのうちに、金融部門だけがグローバル化とIT技術の波に乗って肥大化し、ものづくり部門は片隅に追いやられた、というのがアメリカ型資本主義の図式なのだと経済学者は言う。

 ものづくり部門では健全な形で雇用が成り立つが、金融部門では株式、債券、投機ファンド、あるいは金融工学と呼ばれるマネー中心の装置が働くばかりで実需を生まない。むしろ、実需すらバーチャルなマネーで吊り上げてきたのである。それがエネルギー危機、食料危機となって現れた。実体経済、金融経済の目的とするところは、共に市場を通じて利益を生むことにある。だが、カネがカネを生むのであれば、物を交換するような面倒くさいことはせずとも、金融商品をばら撒いて利益を生めばよいと考えた。ものづくりで得たカネも、マネーゲームで得たカネもカネはカネだ、という論理で仮想金融市場は膨らみ続けたのである。

ところで、 昨年の今ごろの新聞の切り抜きを読んでいると、一年後、このような経済危機に、世界中が直面するというようなシナリオは描かれていない。

「原油100ドルを突破 08年1月5日。」「物価上昇続く中国、08年1月8日。」「シャープ来年に欧州工場、生産能力10倍に、08年3月28日。」「日本海、ロシアに活路、浜田港、中古車輸出に沸く、08年3月31日。」

 一部の人々にとって、確かに景気の良い話題と言えるこれらの内容は、一年経った今、ガラリと変わった。原油はさらに上昇を続け昨年7月11日には1バレル147ドルにまで高騰したが、年末には30ドル台に急落。現在も35ドル前後で推移している。オイルマネーに沸いた中東ドバイの超高層ビルも建設を中止した。シャープは1500人の人員削減と300億円の減益を発表した。つづいて 日産は10月までに2万人の人員削減と1800億円の営業赤字を発表。(09年2月8日)

  中東と同じく、石油、天然ガスの高騰でロシアの経済は急速に回復。ドルに代わりルーブルを機軸通貨に、というような発言が昨年プーチン首相の口からこぼれた。だが今は、アメリカ同様に自国の自動車産業の破綻を防ぐため、新車、中古車を問わず関税を引き上げ、

保護貿易主義に走り始めている。奢れる国、ロシアもたった半年の間に沈黙した。

一方、中国はというとさらに極端である。8月のオリンピックまで物価の上昇が続き、カネの価値は下がり続け、人々は株式や債券などの投機に走り始めた。オリンピック特需は世界中の籠をかき回すほどのインパクトを与え、資源エネルギー、およびバイオエタノールの増産による深刻な食料危機をもたらした。2億人にも膨れ上がった農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者の姿はいまはない。彼らはまた痩せた農地へと戻ったのであろうか?。

 むろんアメリカは火事の火もとであるだけに損傷は激しい。オバマ大統領は71兆円の緊急財政出動を先日、発表した。だが、もともとだぶついた金融経済にマネーを注入入するのは火に火を載せるようなことであり、ドル安をさらに加速させ、機軸通貨としての役割を喪失すれば、その時こそ世界経済はほんとうに終焉を迎える、という識者もいる。

 仮想金融経済という火星のガスは消え始め、核にある液体金属まで蒸発を始めたようだ。 

 

                                 2009年2月10日