地蔵峠


                              中井龍彦




苦しめる顔のやうなる木の株の洞に一輪花を手向けぬ


ひよどりの険しく鳴ける空のうへ衛星ひとつ軌道をはづす


春霞む山の間昼間ヒノキ葉を敷きて昼寝す揺れし樹下に


わが吐きし煙の彼方 遠目にも大天井の根雪は消えず


山に寝て何を思はむ白き雲ただただ白く浮かべるを見つ


春の夜を寝つかれぬまま朝明(
あさけ)まですっとんきょうな夢を見つづく


郵便夫のバイク越へゆく峠みち地蔵の姿拝む人なく


水を引き地蔵を祀る峠にもひたひた照りぬ春の陽ざしは


まだ雪の残れる峠 つぐみ来て地蔵に何を語りしならむ


トンネルの抜けし峠路ひっそりと地蔵の堂に火は灯りけり


庭に来て木の実の糞をおきてゆくイタチは村を捨てるなと告ぐ








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