架空苑(其の壹) 中井龍彦
春の日の愁ひ血迷ふ あかときにエロスの肉を食みて発つ鳥
白日の夢鮮らしき蒼天に迦陵頻伽の影を恋ひいつ
眼瞑れば喪なひしもの幾許の万華鏡の如き淡き眩暈
ふくろふの卑しき性を胸裏に秘めこのむらさきの夜を翔けたし
たたなはる夜のそびらに死の充つる百鬼夜行の絵図は広ごる
濡れ椿天空にくだちぬ 常ならぬものみなはさて紅のくるめき
里にくし里びとにくしけちえんの鬼来たるべし山裾の家
わが朝はまだ醒めやらぬ狭霧さす果実の冷えに頬うづめゐつ
深みゆく日々の無の神の如きにて木々の梢に見あぐるは夢
夢さぶるはつ夏天にのどよひてイカロスの如くに舞い堕つらむか
夜をこめてはふりの魂のまよひなば森に真白き石は光もつ
蜘蛛のこころ知らざりけりなてふてふを食ひ千切りたる歯のいさぎよさ
他人の死の無意味さゆえに葬列は夏の陽ぬちに汗を拭き来つ
夏雲に餅とをんなを恋ひにける指先くろき山人の虚無
野に立てる風ふたたびはくぐもりて永遠回帰のわれなるやはや
蟹の如き孤独もありぬさらばかの夏の水際に寄する愛憐
天空に蔓からまれる日を泣きにけりミュトスはつひに紺碧の闇
観念の紅きくちなはしみらなる生の疼きを横切りてぞ行く