架空苑(其の貳) 中井龍彦
忘却の河蒼くたゆたひて魚ごころ沈めむ虚無の底ひに
地の陰りミュトスのかげり秋立てるはや みんなみに虚の国生れむ
寂かなりこの山裾に睡りゐるわが身はげにや石塊の如
ディオニソスの怒りしづきゐる闇にわれを讃えむ千の蛾の群れ
村の児は鬼腹の子よふりかざす太刀に歯向かふ角あらむとよ
山の木の芽吹き終るを村里に息を潜めて待つ われは侏儒
彼岸花咲き揃ふ日をあはれみつひとつ祈りを風に削がれ来
数珠花の紅きをおもふ子らありてはや秋風になりしその子ら
水にほふ愛憐の香よ さるにてもわがナルシスに髯はあらずや
山の端に冬陽かげりて子供らは風の児の輪を崩し去りにき
苔むして山ふところに睡るとき我はも独りおほひなる一人
しとど降る雨の慙愧にゆらめきて黒き椿はしののめに映ゆ
君恋ふる夜の歌闇くれないの夢ぞ分かたむ言葉ありきに
西空にやまひはありぬ 別れゆく人と人との暗きゆふぐれ
地は深くなやみしづめり光なきこのふる里をうたはむがため
龍の背に立つ天鵞絨の森に棲むわが昔日の熱きむらぎも
さびしき唄くちずさみつつしののめに少女一人を狂はせし街
ビルの街酔ふが如くに漂よへる文明抒情のあをき揺曳