架空苑(其の肆)   中井龍彦

落葉松の(うれ)たかくみゆ悦びもあはれみもまためくるめく間を



眼にうるむおもひ遥かの山並みに没つるすべなき落暉・焦燥



この朝の空を下り来る鳥ありてげにや愛しき声をとどむる



わが九月灯ともし頃のしじまよりにほへる華の痛みを負へり



流れゆく水にかげらふ魚なればながるるゆえの祈りをも知る



風は木にエロスの首を吊るしたりげにしろじろと朝の喪失


ふる里の風の獄舎(ひとや)に繋がれし犬あり昼のサイレンに吠ゆ




このうたの終焉(おはり)はいつかほのぼのとわが暗緑の(つち)明るめり



のみぞ垂る夜にさながら金無垢の光はとほく夢に入りゆく



安らけくうたはあれども永き夜久わが身に河は眠らざるごと



秋の空みづがねの如き眼はひかるわれにのぶかに憂憤(うれたみ)はあれ



寒空(さむぞら)に鳥のいのちを見果てなばけふ(・・)喪神の風立ちにけむ



みなかみにひとつの指をそぎ落とし血に染まりたる(あけ)のかなしみ



いくたびかわが見し夢にたどきなき神無し月の空は濁れる



深き山鬼と神との棲むところ氷鹿(ヒカ)にあらずば人にもあらずや



いにしへの滅びの夜々を(とよ)み来ぬ()()()()の声嘆きやまずも



寄せかへす波に浅蜊は沈みたり悠久の砂くちにふふみて



朽ちすえし椿四月の楽園に落つる音にて蛇は眼覚むる



君が眼のうるはし五月緑深き山河陸離に微笑みてぞゐぬ



さびさびと虚の街()れむうなだれていゆけばわれもオシリスの(すえ)