落葉松の梢たかくみゆ悦びもあはれみもまためくるめく間を
眼にうるむおもひ遥かの山並みに没つるすべなき落暉・焦燥
この朝の空を下り来る鳥ありてげにや愛しき声をとどむる
わが九月灯ともし頃のしじまよりにほへる華の痛みを負へり
流れゆく水にかげらふ魚なればながるるゆえの祈りをも知る
風は木にエロスの首を吊るしたりげにしろじろと朝の喪失
ふる里の風の獄舎に繋がれし犬あり昼のサイレンに吠ゆ
このうたの終焉はいつかほのぼのとわが暗緑の地明るめり
のみぞ垂る夜にさながら金無垢の光はとほく夢に入りゆく
安らけくうたはあれども永き夜久わが身に河は眠らざるごと
秋の空みづがねの如き眼はひかるわれにのぶかに憂憤はあれ
寒空に鳥のいのちを見果てなばけふ喪神の風立ちにけむ
みなかみにひとつの指をそぎ落とし血に染まりたる朱のかなしみ
いくたびかわが見し夢にたどきなき神無し月の空は濁れる
深き山鬼と神との棲むところ氷鹿にあらずば人にもあらずや
いにしへの滅びの夜々を響み来ぬいさなみの声嘆きやまずも
寄せかへす波に浅蜊は沈みたり悠久の砂くちにふふみて
朽ちすえし椿四月の楽園に落つる音にて蛇は眼覚むる
君が眼のうるはし五月緑深き山河陸離に微笑みてぞゐぬ