真昼間をけぶれる村に鬼ひとりひとつなる目は哀しむべしや
生きて存ることの遥けさ山並みを杉の華とぶばうばうと飛ぶ
水無月の病む眼瞑ぎてふる雨に絹の外套はふさはしからず
訪ね来む鬼あらなくに嬰児の泣声はきっぱり村とざしゐぬ
枯れ果てし湖のことなど語らむと蚊のすすりなく声に覚めゐる
血を分けし夜のうからよ伸べし手に林檎は蒼き宇宙なりけり
人恋ふる目一つの鬼遣ひしがかくもさみどり深き山並み
疲れゐし者のこころは真昼間の穴にかぐろき昆虫を視る
森の木は昔話しを語らへり夕陽にあはあはと輝いてゐる
ふる里の闇にあがらふふたつ影顔なき首と首なき顔
谷みづの光さやけしあさあさのうをの膚へに秋の冷たさ
きりぎりす蒼ざむる夜をひた鳴きて外の面のあかき月を憎しむ
夜もすがら虚無の臥所にまぐわりぬ 世界は昏きぶよぶよの夢
なつかしきひかりの奥処ひとひらのそらの青みを信じむとせり
山吹の花は黄のいろ 血の色に燃えし山河のその原始より
空をゆく雲の流れは君われの鼓動の如く緩やかなりし
くろぐろと夜の泪を曳きて飛ぶ鳥の疫病は知られずなりぬ
ある朝は霧ぐもる日の村里にわが凋落の首を数へき
帰り来て故郷はとほくなりにけり 紫蘇はむらさき地に汗ばむ
噴水の水に季節は移りたり とほく硝子のひび割るる音