こぼれ来る森のひかりは来し方の蒼空(あおぞら)に見し星の如しも


村ぬちにたたかひの声きはまりて案山子は憎く(わら)ひはじむる



夢なかば明るき午後を思ふなり その果てもなきそらの群青


天上の紙魚(しみ)にまつはることどもを輪廻生死の如く思へり


(とき)のまをあかるき花に(いろ)どられ枯れがれてゆくいのちなるべし


鎮もりていのち影なすみなかみの地蔵仏の咽喉(のど)笛の夜


ぬるみゆく水の在り処をおとなへば有象無象の()()は流れ()


血の伝承(えにし)もちて霞めるふたかみの山果てしなき幽冥に入る



きじ鳩の睡りはとほきそのかみの女神の肌をしたり落つる夢



青葉づく村に息づく神ありや山ふところに墓を欲りせり



桧の木原キツネかんざしさゆらぎて黄なる久遠の見へ隠れする



ふる里は濃きさみどりの眼のふちに寂しく花を揺らせゐるなり


乾びたる蚯蚓(みみず)さらひし風にても五月なかばの(そら)に涙す


黒き列あゆみゆきける新雪(ゆき)の道に村終焉をつづる天鬼簿



朝はなほ苦悩の四肢をからめむとザムザの部屋の窓に明るむ



棕櫚の葉にそよぐひかりを見てゐたり虫のこころの疲れにも似て


十万の(つち)に光は降りそそぎ夏のさなかの号泣を聴く



あをぞらのなかほどに聴く夏の
()はわがこころ()をしたたりやまず



膚へ刺す憎悪の光束ねつつ夏は来にけりしろたへの夏



あをがすむ山に棲み()る目一つの鬼は赤鬼青鬼のいづれ









架空苑(其の陸)   中井龍彦