日もすがら屋根に登りて鬼の子はまさをき空の地獄夢みむ

風を焚く幾日(いくか)めぐりて黒(しゅ)()の空に堕天使ふかき息せむ

暗みゆく森のパトスのただなかに(わか)くし眠る群青の蛇



この寒き冬の嘆きはいかばかり野にけちゑんの風を焚くなり



ありじごく蟻を捕らへし砂つちにひそと食らふも地獄なりけり

かは(・・)たれ(・・)の空に地獄をかけめぐる大きなる蜘蛛とちひさなる蜘蛛

ただなかに()たれ夕日をすえおきて蜘蛛は地獄を懸けそめにけり

はだら蜘蛛夕ぞらのもと登りゆく(そら)なる国の地獄を見むと



さらばへし蜂に真向かひ蟻どもの引きづりゆくも地獄なりけり



身もだふるばかり身を焼く炎天に泪垂るるを知らず過ぎけむ



胸骨を病みて山野に転び伏す わが静脈の透き来る九月

山風のすずろなる音はしばしこの()()を引き裂く法則(メソード)を秘む

うらうらと春きたりなば(ひるがへ)る牛の舌さへ罪となふらむ

しめやかに水のなさけを()ぶゆる死にゆけるものは聖なる者

深谷の水に沈みて今もなほ(くら)き祈りを灯す魚あり



朝をよく眠らば風の過ぐるさへ身の置きどころさへ心地よき



肌寒き日のゆふぐれを川の面にやや黒づみて魚は遊べり



流れゆく水にさやりて百年もむかしむかしの言問ひをせむ



一日の不快は窓に白み来る朝の光の貧しきがゆへ

過ぎしもの(おぼろ)なりけり彼此(をちこち)にひと束ほどの雨降らせ来ぬ





架空苑(其の漆)   中井龍彦