架空苑(其の捌)   中井龍彦

雨に曇るガラス窓ふきてああ(・・)けふも村にカオスの生れ来る朝


朝な夕な川面を(のぞ)く村人の生活(たつき)にあはれみぞれ雪降る



人死せるたびに生れ来る鬼どもがつひに余剰となりし村墓地



霜柱踏みてし行かむ過去世より付き来たる者われと我が影



変遷の水にて洗ふ村ありき 洗はれし後を沈みゆくべく



風絶へしきさらぎの朝 雪の道にわれは過去世の寂寞を踏む



うべなふは誰がためならむ夕雲の朱照るみづに刃物研ぎゐむ



はららかに君涙ぐむゆふぐれをひとつ思ひにへりくだりたり



芽吹く日の山の(とよ)みに呼ぶ(いら)ふわが緑色の膚の相聞


夢恋はば夢に溢れ来るエロス花束のごとき光彩(ひかり)をもちて



羽根をおふ蛇きらきらと春日に照り映ゆ架空の空渡り来て



椿咲く苑にひところ雪が降り架空の季のめぐり来しかな



雲白くわが身を流るくさぐさの(ことはり)をもちて樹木揺れいむ


をんならの語り口調に倦みし春とほき地平に死児(はら)み来つ



清流に棲む魚のやうに君の眼はやさしく朝の陽を呼吸する



離れ住む痴女の瞳の光りさへうつうつとして村は病みにき



村なかに憎しみを秘む岩ありて春ともなれば花に(けみ)する


憎しみは(きよ)きこころを酌み()()はす一蓮托生ならずや君よ



吹き過ぐる風にわづらひ野の果てにふはり舞ひゐる黒蝶の群れ


鉄の香の漂へる町 変容を遂げむとけふを()かれゐるなり