架空苑(其の   中井龍彦



鳥の羽根むしり食ひたるわが手にてはだら曇りの空に血を撒く


樹に花の冷ゆるあかとき声ひくく語らふ者と手を取り合はむ

父と子と寝らば静かなりし午後むつび(むつ)びて昇る揚羽蝶(あげは)


汗だくの顔を谷間の水にうづむ国を追はれし盗人の如

冬木立雪の明りに消ぬる日よ()ききたる夢はいまだ(かな)はず


いくつもの私語を埋めし夜の街にまぼろしの雪降りそむるなり

静かなりし日の夕暮れをまた明日の空に()かれて()けりゆく鳥


移りゆく日輪しばしかげろふの如くに消ぬる冬のゆふぐれ

今日もまた薄けぶりたつ嶺のあたりひそかに棲まふ井光(イヒカ)をおもふ


里山に放たれし火は燃えさかりやがて村焼く火となれよかし

()の手より離れし銀色(ぎん)の風船が昼のもなかの星光(ほしかげ)となる


君いかに村を捨つるや 畑なかの春陽に続く道は遠くて


蒼空の果てに変容ありしとぞ思ふ五月をまた明け暮れぬ

雨の音聴かば眠らず地の蟲の()に交ぢはりて華やげる死語


夕ぐれてみればわが身を下りゆく熱あり明日もよき日なるらむ

無為(むい)にして伏してわが身の重たさは野辺に用無き岩の思ひか

気狂ひの女を()りしのち村は宇宙の果てのやうなしづけさ


村に町いづれに棲めどいっぴきの鼠はただにいっぴきの鼠


在りし日の受苦と思ひし真夏陽に麦の帽子をふかぶかと下ぐ

村墓地に若き男を送りゆく葬列(れつ)は夏陽に照りてあゆまず