古代に舞い降りた空き缶
             

                                   中井龍彦


 風呂上り、缶ビールを手にしながらよく思うことがあります。それはこのアルミ缶が、石器時代にタイムスリップしたらどうなるかということです。古代人はさぞびっくりすることでしょう。キラキラ光り、手に取るといかにも軽く、上部は太陽のようにまん丸で、周囲には何かの文様が描かれ、大変不思議なものだと思うことでしょう。

石器人はこのアルミ缶を引き裂いて矢じり代わりにするでしょうか。あるいは木や粘土を削るナイフとして応用するでしょうか。あるいはまた水を入れコップ代わりにするという考えも有力です。

しかし私は思うのですが、石器人はそのようなリサイクルの仕方はしないと思います。彼らにとっては、今まで見たことも無い謎の物体なのですから、たぶん生活のために利用しようなどとは考えないでしょう。

石器人の心に、この空き缶に対して「畏怖」という感情が芽生えます。その感情は、現代人が宇宙人に出会った時以上のものかもしれません。『畏怖』つまり『恐れ』は、幽霊を見たときのような怖さではなく、神聖な「神」を見たときの畏敬の念に近いものでしょう。だから石器人はこの空き缶にパワーを感じ始めます。

それと同時に、書かれてある文様、それはASAHIスーパーDRY、アルコール度5%、350mlなどの文字から、たぶん多くの事を学びとります。未知からのメッセージとして、一言一句をなぞり、頭の中に写し取ります。空き缶は、彼らによって『シンボル』にまで高められ、悪くすると奪い合い、殺し合いの原因になってしまうかもしれません。

また別の考え方をしますと、彼らが部族という縦社会を形成していたのであれば、この空き缶は封印され、首長などの上部階級の管理下でやはり謎のシンボルとして崇められるでしょう。祠から1年に1回持ち出され、狩りの収穫を祈る祭事が営まれるかもしれません。海の神・森の神・水の神・狩猟の神、性の神…何のシンボルになっても不思議ではありません。それほど、この空き缶は彼らの時代とかけ離れた物なのです。

しかし、問題があります。それは、この一つの空き缶が時代を狂わせてしまうことです。彼らは、アサヒスーパードライという文様から、何らかの言葉を生み出すかもしれませんし、アニミズムや哲学にまでつながりを深めるかもしれません。また、穿った見方をすれば、時を経るにつれ、彼らの想像力は神話のようなものから、プリミティブな科学へと、時代を加速させるでしょう。要するに時代が早められてしまうのです。

 たった一個のゴミにしか過ぎない空き缶が、古代においては空前絶後の〈意味〉と〈価値〉を持つのです。これは考えてみれば恐ろしいことです。八千年から一万年前、人類は言葉と鉄を手にしました。鉄は科学の産物であり、言葉(絵画)は哲学と宗教の産物です。いわゆる文明の始まりです。もしスーパードライのアルミ缶が石器時代にタイムスリップしたとしたら、文明は何百年も何千年も早く派生したに違いありません。

 話がそれますが、ドライビールの文字《ASAHI》に続いて強調されているのが《生》という文字です。生きる、生命、生ずる、生活、人生、生まれる、そして英語ではライフなど、たくさんの難しい意味を私たちは知っていますが、ここでは単に『熱処理していませんよ。酵母が生きていますよ』ぐらいの意味であろうかと思います。しかし古代人は真ん中に大きく書かれているこの《生》という模様こそ、神からのメッセージのように捉え『生命』「生存』という哲学的な意味を連想したとしたら、それは当たっているということになります。《ASAHI》は太陽、その下に《生》がある・・・・・と。

 そして天空は円筒形になっていて、いたるところに部族(人類)がいる。人間を統括するのは《ASAHI》であり、古代人が太陽を指差してASAHIと名づけたとしたら、時代はいっきに何千年も先に進んでしまったことになります。

 言葉を持たなかった古代人が、一個のアルミ缶の出現によって、いきなり言語を習得するのです。言葉は人から人に口伝され、大げさに言うと彼らは『世界』を認識し始めます。アルミ缶を拾った部族にはパワーが集められ、宗教心が芽生え、言葉によるつながりと理解が生活を豊かにするでしょう。反面、権力による支配が生まれ、弱い者と強い者が生まれます。要するに、より高度な社会が形成されるのです。

しかしこの話は『もし空き缶がタイムスリップしたら』という仮定の話ですので、あまり真剣に聞かないで下さい。歴史上、私たちは時代が一瞬に進んだという事実を知りませんし、宇宙人が歴史に関与したということも、今のところ無いようです。

 ただしかし、二十世紀初頭には、この地球に相当大きな空き缶が舞い降りたようです。――石油文明――この空き缶は時代を何世紀も縮めました。ハイテクノロジーを生み、コンピューターや核を作り、コスモロジーやバイオ化学を急速に発展させ、プラスチックや電気、ロケット、飛行機、自動車を作りました。そしてまた、この一個のアルミ缶を作ったのも石油文明です。

 全てのベースにある『石油文明』という豊かな社会で生み出された、時代の副産物です。

 話を空き缶に戻しますが、ペットボトル、スチール、アルミ缶飲料は日本で一日に一人が1缶消費すると言われています。一日に1億2千万個が消費され、ゴミになります。そのうちの70パーセントがリサイクルにまわされるとして、あとの4千万個はどこに消えるのでしょう。言うまでもなく、埋め立て処分地です。

 自分の行く末を儚んだ空き缶の一つが、たった今ゴミの山からそっと抜け出して、石器人が暮らす洞窟に舞い降りたかもしれません。


                                                        2006.1.14